NHKアナウンサーの栗原望です。この春で13年目になる中堅のアナウンサーです。

これまで、ニュースウオッチ9クロ現+ニュース7などの報道番組を担当し、現場の声を聞き、伝える仕事をしてきました。

2019年10月 台風で川の堤防が決壊した長野市にて

しかし、メディア環境の多様化はめまぐるしく、年々焦りや危機感が募るようになりました。
「本当に伝わっているのだろうか」、「役に立っているのだろうか」というものです。

そこで、猛烈に悩んだ末に、デジタル人財育成のための新たな人事制度に応募。縁あってこの春から、音声プラットフォームのスタートアップ企業・Voicyで、1年間研修を受けることになりました。
この制度は、今後さらに「デジタル領域」を活用した発信を進めていくうえで、外部の企業への派遣研修を通じ、そのノウハウやスキル、人脈を持った人財を育成しようというものです。

「報道、もうやらないの?」「アナウンサーやめるの?」などなど、同僚や知り合いからも問いかけがありましたが、はっきりとお伝えします。

ぼくは、アナウンサーも、報道も、やめません。
ことばと声の可能性を追求し、今の時代の新しい報道キャスターへと自分が変化するための挑戦をしよう。悩みながら決めた、ぼくのちょっと新しいキャリアについてお話しします。

現場でことばを紡ぐキャスター

2018年12月 沖縄・辺野古沖からのリポート

この12年、いろいろな取材や番組の制作をさせてもらいました。
地域局では、太平洋戦争末期の沖縄戦のドキュメント、原発事故の「避難」に関する検証の番組などの取材制作に。

▼NHKスペシャル「原発避難7日間の記録」▼

東京では、報道リポーターとして、さまざまなニュースの現場で取材・リポートしました。
その取材を切り口に、西日本豪雨の被災地の密着取材のドキュメントや、ベトナム人技能実習生の問題の現場をルポした番組などで、深掘りして伝えてきました。

▼NHKスペシャル「夢をつかみに来たけれど」▼

これまでのキャリアで、「なんで、アナウンサーなのに取材ばっかりやってるの?」とよく聞かれました。
それは、明確に答えがあります。「現場に、伝えるべきことばがあるから」です。
そして、僕たちは現場で見聞きしたそのとき、「心」が動いています。

その心の動きが、「声」となり、聞いた人の鼓膜を揺らし、社会への呼びかけとなるのだ

と、ある先輩が言っていたのを、さも自分が考えたかのように言いますが、本気でそう信じています。

実際に、ぼくたちの「ことば」や「声」は、現場で紡がれ、磨かれていくものなのだと実感しています。「ことば」と「声」で社会に貢献する。これが僕なりのアナウンサーの仕事論です。

ひとりぼっちの「あなた」に届けるために

今、メディアの多様化が目まぐるしく進み、視聴者の「選択肢」が広がっています。取材の成果がより広がり、社会に貢献していくためのモデルが変化せざるを得ない状況です。

さらに、コロナ禍で取材をしている中で印象に残るのが、「誰にも知られることがなく孤立を深める当事者」の姿です。

ひきこもりの当事者、コロナで仕事をなくした夫婦、休校中の大学生、帰国できずにいる外国人の若者、コロナで家を失った人たち、支援が届かずに苦しむ飲食店。

みな、ひとりぼっちで悩みを深めていました。一生懸命伝え、きっと届いているはずだと思っていました。しかし、その彼らに、僕たちの情報は届いていなかったのです。「大事な情報やメッセージが届いていない」。その実態を突き付けられました。

ひとりぼっちの「あなた」に、私たちが取材した「命や暮らしを守るための情報」をもっと届けるにはどうしたらよいのか、考えるようになりました。

ひきこもりラジオで感じた“音声メディア”の可能性

そんな中、「音声メディア」の可能性を知ることになった番組があります。それは、コロナ禍で同僚と始めた「みんなでひきこもりラジオ」という番組です。

■みんなでひきこもりラジオ 毎月第一金曜日 夜8時~ ラジオ第一で放送予定

■「ともに作るラジオ」の先へ~孤独にあらがう社会を作るには~

これは、ひきこもりに関する取材をしてきたディレクターのもとに寄せられたあるメッセージをもとに企画した番組です。

それは、こんな当事者からの声でした。

「当事者同士が声をあげられる場所が欲しい。つながれる場所が欲しい。ラジオだったら聞くことができる」

伝えるだけじゃなくて、当事者の居場所になるメディアになれないだろうか。そんな意識で始めたラジオ番組でこれまで12回の放送をしたところ、番組宛てに1万にのぼる当事者の切実な声があつまりました。

その声を読み解くと、テレビの取材では聞くことができなかった「食事や風呂、髪型」などから、くらしの実情が浮かび上がったり、あるいは、ドアの向こうで「心を閉ざしている」とみられがちなひとたちが、実は社会とつながりたいと願っていることがくっきりと分かりました。

そして、番組の回数を重ねると、寄せられたメッセージに対して、SNSの中でリスナー同士がつながり、新たなコミュニティを作り始めていきました。

■NHKこもりびと特設サイト「声を聴いているのは、僕一人じゃなかった」

ラジオを始めて2年になりますが、リスナーのくらしの変化の「きっかけ」に番組が関係する経験もありました。

30年間ひきこもり生活だったという男性が、ラジオに電話インタビューで参加したことをきっかけに、散歩に出られるようになり、10か月後、なんとその散歩の先で知り合った子ども食堂で手伝いを始めたというのです。

これは、いろいろあるエピソードの一つになりますが、リスナー同士が支えあったり、声を上げたりする中で、新しい関係が生まれています。

この「コミュニティ」こそ、僕が音声メディアに見出した可能性です。
匿名でもいい。ツイッターでもメッセージでも、もちろん聞いているだけでも「参加」になる。
少しずつ「参加」のステップを一緒に作ることで、社会とのつながりを作り出すことができるのではないかと実感しました。

リスナーから寄せられる声で一番うれしいのは、「番組を聞いて“ひとりじゃない”と感じることができた」というものです。

報道×音声プラットフォームでの経験=コミュニティ・ジャーナリズム

今回派遣先となるVoicyは、音声プラットフォームの代表的な企業。

スタートアップの活気ある開発現場で、より熱く、よりユーザーのニーズにあったサービスをどのように生みだしているのか。また、音声でつながったユーザーとのコミュニティづくりにどんなアイデアがあるのか。しっかり学んで来ようと思います。

「声の力」で「ひとりぼっちにしない」。
というのが、今回僕が人事制度を活用して音声プラットフォーム企業にエントリーした大きな理由です。

今年はじめて活用される制度になりますが、その派遣先の一つが、今、飛躍的にユーザー数を伸ばしている音声プラットフォームのVoicyだったのです。

研修中は、基本的に企業での活動がメインですが、担当するひきこもりラジオは継続し、アナウンサーとしての業務も行います。

声の力と、デジタルプラットフォームの力を掛け合わせることで、さまざまなテーマや領域にも「コミュニティ」が創出できるのではないかと思ったからです。

こうした「音声コミュニティ」を、NHKのアナウンサーや記者やディレクターが張り巡らしてきた取材ネットワークに「くっつけられないか」。コミュニティの持つ力で、「ひとりじゃないと思える」、「これまで語られなかった声が響きあう」。NHKの放送やコミュニケーションが、より進化していく。そんな妄想をしています。

そんなコミュニティをいくつも行き来しながら、「ことば」と「声」で社会に貢献する、というのが新しい報道キャスターのあり方ではないかと、考えています。

きょうから1年間研修を受けてきます。
1年後、この研修で得たことを通して、NHKが信頼される情報の社会的基盤としてさらに貢献するため、新たな価値を届けられるように取り組んでいきたいと思います。
そして、より「ことば」と「声」で社会に貢献できるアナウンサーになることを目指して、“行ってきます”!!

NHKアナウンサー 栗原 望