“おひとりさまの看取り”を数多く行ってきた診療所が岐阜市にあります。患者と対話を重ね、寄り添うのは、小笠原文雄医師と看護師やホームヘルパーたちで構成される《チーム》です。
寝たきりで認知症の女性、頼れる家族がおらず不安に押し潰されそうな男性、余命数か月と宣告された末期がん患者…。患者たちの願いは、「我が家で笑顔で暮らし、安らかに最期を迎えたい…」。そんなことが、本当に可能なのでしょうか。
患者の思いや暮らしを中心に据え、創意工夫を重ねている現場を見つめながら、笑顔での旅立ちを実現するヒントに迫る100分の長編ドキュメンタリー。
今回は制作を担当した猪瀬美樹チーフディレクターの解説とともに番組の見どころをご紹介。
ナレーションを務める俳優・原田美枝子さんからのメッセージも併せてご覧ください。
家での看取りを行う医療チームの取り組み
岐阜市に診療所を構える小笠原文雄医師は、これまでに120人以上の“おひとりさまの看取り”を行ってきました。

診療所では、小笠原医師を含めて4人の常勤医師、看護師、ケアマネジャーらが医療チームになって、「自宅で最期を迎えたい」という患者たちを支えています。
小笠原医師の診療はいつも朗らか。患者との対話を大切にし、訪問を重ねるうちに不思議な絆が生まれていきます。


番組では「患者本人がどんな最期を迎えたいのか」をスタッフたちと話し合う『人生会議(ACP)』の様子や、ITを活用して患者の見守りを行う仕組み、さらには気になる費用についても徹底取材しながら、笑顔での旅立ちを実現するヒントに迫っていきます。
猪瀬Dのポイントメモ
まだまだコロナ禍ですので、取材は通常よりも時間を短く区切りながら撮影を行わせていただきました。そんな短い取材時間の中でも、患者さんの本音や、医師やスタッフたちと心を通わせていく様子、そして、家族が抱える葛藤など、取材対象の思いをちゃんと伝えられたらと半年に渡って撮影を行いました。小笠原医師は、患者たちの『おひとりさまでも、家で死にたい』という願いをかなえるために試行錯誤を重ねてきました。アプリや小型カメラを使った見守り体制。患者さんへの声がけの一つをとっても、「どうしたら不安を取り除き、安心して笑顔になってもらえるのか」と工夫をしています。たくさんの方々に、在宅での看取りの“可能性”が伝わったらいいなと思っています。

“ひとり暮らしの看取り”ができる医師を育てる
小笠原医師は、これまで地域の若い医師や看護師たちの教育にも力を注ぎ、「在宅緩和ケア」や「看取り」ができる人材を大勢育ててきました。診療所の若手・小原功輝医師は、「在宅緩和ケア」を学びたいと、2年半前からこの診療所で働いています。
小原医師が向き合っているのは、末期がんの男性です。六畳二間のアパートにひとりで暮らしています。

小笠原医師と一緒に患者を訪問し、現場の実践を通して知識や心構えを学んでいく小原医師。自身の過去のある経験とも重ね合わせながら、患者に寄り添い、言葉をかけていきます。
猪瀬Dの注目シーン!
注目していただきたいのは、末期がんの男性が働く姿です。
男性は、末期の胃がんを宣告され、脳梗塞もご経験されて体のまひなどの後遺症が残る中、体調がよいときは福祉事業所で働いていました。かつてはバリバリの営業マンだった方で、今の体調の自分にできる仕事は“軽作業”だということもよくお分かりになっていらっしゃるのですが、それでも一生懸命働いている姿は、ベッドの上にいるときとは目の輝きが違って、本当に素敵でした。もし自分が余命を宣告され、「死が間近に迫ってきたときには、何を大事に生きたいだろうか」と考えさせられました。
最初は警戒心が強かった男性は、小原医師が訪問を続けているうちに冗談を言ったり、ハイタッチを求めたり。ふたりの間に結ばれた絆が、“桃色の糸”から“赤い糸”へと深まっていく様子を描いていきます。

猪瀬Dのポイントメモ
番組で特に力を入れたのは、小笠原医師が『教育的在宅緩和ケア』と呼んでいる若手の医師を、現場で患者さんと一緒に向き合いながら、育てていくパートです。きちんと人材を育てることで、ほかの地域でも《ひとり暮らしの在宅看取り》ができることを伝えたいと思っています。また、看護師やケアマネジャー、臨床検査技師、ホームヘルパーの活躍も見どころです。高い専門性を持ちながら、朗らかな笑顔で患者さんを包み込んでいきます。こうした専門職やケアワーカーたちが、明るく健康的に働き続けることができる環境を守っていくことも大切です。在宅緩和ケアや看取りができる人材や環境、制度を持続可能なものにするためにはどうしたらよいのか。介護や看取りの問題は、全ての人に関わることですので、少しでも“自分ごと”として考えるきっかけにしていただけたらいいなと思います。

ナレーションは俳優の原田美枝子さん
ご覧になる皆様へメッセージをいただきました

今回ナレーションとして、在宅の看取りの現場に寄り添わせていただきました。
在宅の看取りを数多くしてきた小笠原先生のすばらしいところは、“心”も“体”もちゃんと診てくださるところです。私も含めて最期はやっぱりお医者さんに任せることになりますが、ともすると医療の現場では肝心な“心”が置いてきぼりになってしまうこともあると思います。また、たとえ病院に入院していても、あるいは、家で家族がそばにいたとしても、患者自身が心に孤独を感じながら、最期を迎える場合もあると思います。小笠原先生は、“体”と“心”を分けることなく、両方を一つの「命」として包み込んでケアしてくれます。もともとの根っこがすごく明るい方なので、患者さんは自然と心を開いてしまうのかもしれませんが、そういう先生に出会えることは幸せなことだと思います。
印象的だったのは、小笠原先生がひとり暮らしの患者さんと離れて暮らす娘さんにかけた言葉です。お父さまの最期に立ち会えるかどうかを不安に感じていた娘さんに、「最期に会えるかどうかではなく、生きている間に『よかった』と思える時間を一緒に過ごすことができるかが大事なんだよ」と言ってくださるんですね。みんなその時がくるとどうしていいのか分からなくなって後悔ばかりが残るじゃないですか。そう言ってくださる方がいるのは本当に大きいと思います。
ほかにも、小笠原先生が患者さんと『お花見に行く場面』もステキで、先生も桜に合わせてピンク色のシャツを着ていらっしゃったんですね。その姿に私も笑顔になってしまいました。患者さんと一緒になって楽しみながら過ごしていらっしゃるんだなと感じられて好きな場面の一つです。

それから、若手の小原先生が患者さんに「寒うないかね?」と岐阜の方言で話しかけるシーンも好きです。方言がすごくあったかく感じられて、この医療チームに出会ってなかったら、患者さんはもっと孤独だっただろうなと思ったりもしました。

日本はこれからますます高齢化が進んでいきます。その中で一番よい方法を患者や家族と一緒に考えてくださる方々が今いらっしゃるということが、まずは救いだと思うんです。残った時間をどうすればいいのかをみんなで考える『人生会議』も、すごくよい提案ですよね。
どうなるんでしょう、私たちも最期は……。皆さんも、ご自身は最期をどう迎えたいのか、大切な人との最期をどう過ごしてあげられるだろうかと考えながらご覧になっていただけるといいなと思います。

特集「おひとりさまでも、家で死ねますか?」
【放送予定】
再放送4月21日(金)[BS1]午前9:00~9:50、10:00~10:49
※初回放送:2022年9月4日(日)[BS1]午後10:00~10:50、11:00~11:49