「ケチ」なディレクターが環境経営に取り組んでみたら

いきなりですが、私、すっごいケチなんです。

ペットボトルの水に100円を払うのはもったいないし、レジ袋に5円払うのもどうしてもイヤなんです。会社でも給水機から水をくむため、マグカップは手放せません。

そんな「もったいない」という気持ちを抱えながら日々生活してきた私ですが、バタバタと仕事をしていると、忙しさにかまけてその精神も薄れがちになってしまいます。

仕事でなら多少のムダも許されるのか? いやいや、そんなことはないはず。仕事でもムダを減らして、環境にも貢献したい!

組織と環境のために、ケチな私は立ち上がることにしました。

節約は私の誇り

NHK岡山放送局の入局3年目、ディレクターの山下汐莉です。
ふだんは、夕方のニュース番組やスポーツ番組を制作しています。

冒頭に書いたように、ふだんの私はとっても節約家。
レジ袋は意地でも買わず、家の電気もすぐに消す。お財布にも環境にもやさしいし‥と誇りすら覚えます。

だけど、仕事では取材のために車にも乗るし、編集や放送を出すための作業で電力をたくさん使います。仕方がない面はありながらも、業務のうえでは私のケチ精神を発揮できずにいました。

大人のせいの「大人」って私のこと!?

どこか心の奥の方でモヤモヤしたものを感じていたころ、ハッとさせられる出来事がありました。

テレビから流れてきたスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんの姿を見たことです。10代の彼女は、たった一人で気候変動対策を呼び掛け、大人たちの無責任さを大声で糾弾していました。“How dare you!”(よくもまあ!)と。

そういえば私も10代のころは、世の中にあるさまざまな納得できないことを「大人のせい」にしていたっけ…。

そのとき、ふと気づいたのです。彼女や過去の自分が批判していた大人に、いつしか「私」もなっていたことを。しかも今、勤めているのは、日ごろからSDGsや環境問題について発信をしているNHK。私もその情報発信の担い手の一人なのだと。

それからの私は追い立てられるように、社会のために何かをしなければという思いを強く持つようになりました。

そのころ目にしたのが、「環境経営タスクフォース」というプロジェクトメンバーの公募の知らせでした。これはNHKが環境に対する情報発信だけでなく、みずからの環境経営を推し進めるために立ち上げたものです。

当時は札幌放送局に勤務する2年目のディレクター。まだまだ仕事で学ぶことが山積みのなか、こんな専門外のことをする余裕はあるのか? とは思いはしましたが、「いま何もせずに環境破壊がこれ以上進んだら、グレタさんみたいな若者に顔向けできない!」と強く感じ、応募することを決心しました。

面接で語ったケチエピソード

「『環境』意識を高くもつようになったきっかけは?」
タスクフォースの面接で、こう聞かれました。
面接には環境のために大学で研究をしていたり、記者として国内外で環境問題の取材を続けていたりといった、立派な志をもったメンバーが多く集まっていました。

なので、面接官もきっと、先輩が書いたこちらの記事に出てくるような、外国での鮮明な原体験の話などを期待していたことでしょう。

私もオランダに留学していたことこそあるものの、そこでも高い環境意識を持っていたわけではありませんでした。でも行動を起こさないと、とは思っている…。

しぼりだした記憶が、私が7歳ころの話でした。
仕事が終わって帰ってきた父親が洗面台で顔を洗っていたときのこと。

「そんなに水出して顔洗っていたらもったいないで!」。そういって水道の栓をしつこく閉めていたのです。ちなみに、「パパ仕事大変やねんから、そんなことでイチイチとがめないの!」と母親からちょっとだけ怒られた記憶も。

小学校で「環境破壊」が教えられ始めたころでしょうか。
きっと幼心に自分の生活が地球と直結している、と感じていたのでしょう。
そのエピソードがウケたのか? 無事に環境経営タスクフォースのメンバーに合格し、1年間活動できるようになりました。

いざ「ムダ」削減! でも現状が分からない!

NHKが環境経営を進めるうえで、課題の1つが電力です。NHKのCO2排出量の90%以上は電力によるものだからです。24時間の放送に加え、日々の番組制作の過程で使用されていることが原因です。

そのため、何かしらの方法でCO2を削減できれば環境にも貢献できるのではないか。私は早速、自分の仕事である番組制作の現場で「環境にやさしい施策」に取り組むことにしました。

でも、立ち止まって考えてみると、実際のところ番組制作のどの過程で、どれだけのCO2が排出されているのか、はっきりと分からないのです。
それはつまり、具体的にどのような対策をすれば、効率よく「環境にやさしい番組制作」ができるのかが分からないということです。

どうしたものかと頭を悩ませていたときに目にしたのが、世界で2000を超える放送局や制作プロダクションなどが取り入れているオンラインツールでした。
このツールはイギリスのBBCが開発し、現在はアルバートという組織が提供しているもので、簡単に言うと、番組制作の過程で排出されるCO2の排出量を見える化するためのものです。

例えば、ロケのための移動手段は電車か車かなど、制作過程でエネルギーを消費する活動をひとつひとつ打ち込んでいくと、CO2の排出量が数値となって表示されると言った具合です。

これを自分で算出しようとすると、かなりの手間がかかるのですが、このツールを使うと簡単に数値化することができます。そして、その数値を基にどこに「無駄なCO2」が潜んでいるのかを知ることができるのです。

私のために作られたのかと思うくらい、ぴったりのものでした。
「自分の仕事でできる、環境にやさしいことって何?」

それを知るために、トライアルとしてこのツールを使って検証してみることにしました。

CO2見える化してみたら…

まずは実際に自分が担当した番組を例に入力してみます。
取材・構成にかかった時間は?ロケは何日行った?編集は何日?スタジオ演出はあった? などなど、「細かすぎひん?」とひとりブツブツ言いながら入力していくと…。

出ました! CO2排出量。移動と撮影を伴うロケ関連で排出量が多いことは予想していましたが、私の場合、その前段階で、構成を検討するのに必要以上に時間がかかっていて、そのため思った以上に排出量が多いことが分かりました。

構成は番組の設計図みたいなもので、どんな出来事や人を取り上げるか、紹介する順番はどうするのかといったことを決めていく番組制作の最初のステップです。

それだけに、まだ若手の私は何度も書いては作り直し、気づけば夜遅くになっていたなんてこともしばしば。照明がたくさんついた明るいオフィス。パソコンを使用した長時間の作業。これらがCO2の排出量を増やしていました。

一方、車の移動による排出量は思っていたほどではないことも分かりました。元々、ロケをおこなう際はどうしても必要なときにのみ車を使い、それ以外は公共交通機関などで移動をしていたためだと思います。

なので、移動による排出量を減らそうとするよりも、構成の検討にかかる時間を減らすことで、番組制作に関連する電力量を減らし、CO2を効率的に削減できるということが分かったのです。

しかも、長時間になりがちな今の働き方を見直すにもいい機会になりそうです。

もちろん、私だけが取り組んでもほかの人が変わらなければ、オフィスの電力消費はそれほど変わらないかもしれません。仮にみんなが早く帰宅するようになったとして、わたしのようにケチ生活をする人ばかりではないので、結局は節電効果も限定的かもしれません。

それでも、何もしなければ、何も変えることはできません。まずは自分が動いてみる。環境問題を報じる放送局として、少なくとも番組制作で排出されるCO2は削減してみせる。

そこからはCO2削減を目標に、構成がある程度固まればロケに向かうという心意気で仕事に取り組むようになりました。

組織への浸透は難しいのか?

とはいえ、まだまだ勉強中の若手ディレクター。実行するのはそう簡単ではありませんでした。

ディレクターって案外やらなければならない仕事がとても多いのです。取材先の方に話を聞き、カメラマンと打ち合わせをして、ロケに行って、編集をして、テロップを考えてなどなど‥。

このときは番組内で放送する5分ほどのリポート制作でツールを使ってみたのですが、業務に追われれば追われるほど、環境への意識が薄くなっていってしまいます。

私は環境経営タスクフォースに参加し、明確な目的を持っていたからこそ、「環境負荷を減らす番組制作」という視点を何とか失わずにいられました。

でも番組制作者って、番組をよりよくするためには寝食を忘れて没頭するような、こだわりの人が多いんです。

コンテンツの質を下げないことは大前提に、いかに制作過程のなかに「環境への視点」を取り入れていけるか、それを組織に浸透させていけるのか、非常に難しさを実感した機会でもありました。

実践、そして共有 活動は続いていく

それでもやはり大切なのは「小さなことからコツコツと」。
最初は私だけの小さな一歩かもしれませんが、少しずつ組織内に広がっていくように、私自身が実践を続け、体験を周りに共有していくことが大切ではないかと考えています。

実際に、私が参加していたタスクフォースが全国に向けてエコバックやマイボトルの使用を繰り返し呼び掛け続けたところ、私の職場でも持参する人たちが目に見えて増えてきました。

今回、タスクフォースでは、ディレクターや記者、技術や管理系の職員など、全国さまざまな所から集まった16人の先輩たちと活動をともにしました。

地域の職場でイチから電気自動車を導入したり、東京のスタジオに電力の測定器を取り付けて回り、初めて消費電力の見える化を実現したりと、さまざまな職種の職員が集まれば、できないと思っていたことでも、やればできるのだと驚きの毎日でした。

だから同じ志をもった職員が全国にいると思うと、どんなに高い壁でも、少しずつ壊していけるような気がしています。

タスクフォースはことしの6月末に1年間の活動を終えました。しかし、その後もメンバーたちは、それぞれの職場で自分たちにできる活動を続けています。

そして、タスクフォースの活動は新たに設置された環境経営事務局で引き継がれていくことになりました。

私がオンラインツールを使って行った取り組みも実はことし9月、NHKと民放6局が協力して制作した「1.5℃の約束 いますぐ動こう、気温上昇を止めるために」というスペシャル番組で取り入れられました。

国連広報センターとNHKをはじめ国内100以上のメディアが参加した共同キャンペーンの一環で制作されたもので、NHKではこのほかにも11月にかけて、「おはよう日本」や「ニュースウオッチ9」などで、環境関連のリポートを放送します。

そして、11月9日には世界的な干ばつで激化する水の争奪戦、“水クライシス”の現場を「クローズアップ現代」で特集します。

組織も個人も一歩ずつ

NHKの環境経営も少しずつ前に進んでいます。

そして、駆け出しディレクターの私個人はというと、活動をきっかけに、あれこれ悩みすぎることをやめました。ある程度、自分で考えた構成を信じ、現場で感じたことを信じて、ロケをする。そう思い切った行動ができるようになったと感じます。

それに、環境への負荷が高くなる宿泊をともなうロケはできるだけ行わないよう、効率的なスケジュールの組み方もうまくなった気がします。
なんだ、そんなことかと思うかもしれませんが、私としては環境の面でも、ディレクターとしても一歩踏み出せたと思っています。

もちろん、まだまだ私の“ケチ精神”を十分に発揮できているとはいえないかもしれません。

それでも千里の道も一歩から。

いつか環境保全を訴える番組を、環境にやさしい方法で制作し、全国のみなさんにお届けしたい。いや、お届けするのだとお約束をして、これからも「ケチでやさしい」をモットーに日々の仕事に取り組んでいきたいと思っています。

岡山放送局コンテンツセンター 山下汐莉
2020年入局。ことし8月に札幌放送局から岡山放送局に転勤。
岡山県で放送中のニュース番組「もぎたて!」やスポーツ中継など番組制作を担当。
好きな番組は「ニュースウオッチ9」

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