恐竜に恋した少年が“恐竜研究者”になって“恐竜番組”を作るまで

突然ですが、私、大学の研究室で「恐竜学」を学んでいました。
恐竜学、なんて聞きなれない言葉かと思いますが、恐竜はれっきとした「学問」なんです!

恐竜っていうと、「ほんとにいたの?」とか「怪獣と一緒じゃないの?」なんて言われることもありますが、恐竜は今から約2億3千万年前~約6600万年前の地球に「実在した生き物」。

その恐竜の化石を発掘し、地質学や生物学、化学といったさまざまな視点から恐竜を研究するのが「恐竜学」なんです!

そんな私はNHKでこの6年ほど、恐竜の番組を作り続けてきました。
人呼んで“恐竜ディレクター”です。

今回は、好きなことを仕事にしている自分だからこそ感じる、恐竜番組を作る「魅力」や「苦労」について、お伝えできればと思います!

恐竜博でズキューーーン!

こんにちは、NHK・ディレクターの松舟由祐です。
私は幼少期、恐竜大好きな“恐竜少年”でもありました。
きっかけは覚えていません。
気づけば、恐竜の図鑑を読み、折り紙で恐竜を折りまくり、夏休みの工作は紙粘土で作った恐竜の人形…と、恐竜どっぷりの少年時代、でした。

今でも5分で折ることができます(竜脚類の親子)

一番好きな恐竜は、アロサウルス。
目の上に生えた突起が最高にかっこいいと思っていました。
ちなみに、こちらは今、NHKで制作中のアロサウルスのCGモデル。

この突起がかっこいい!!!

いやー…、かっこいいですよねー…。たまらん。
アロサウルスは、ティラノサウルスと違って前足が大きいんです。
そういうところもアロサウルスの魅力なんですよね。

力強い前足もかっこいい!!!

今でも鮮明に覚えているのは、小学校のときに父親に連れていったもらった大阪・梅田の「恐竜博」です。
ティラノサウルスとトリケラトプスのロボットが動く展示を見たときに、ズキューーーン!と、頭のてっぺんから稲妻がはしるような衝撃を感じました。

今、東京の国立科学博物館ではNHK主催の「恐竜博2023」が開催されています。
そこには、恐竜に目を輝かせる子どもたちがたくさん!私もそんな恐竜少年・少女の一人だったわけです。

そんな“恐竜少年”が、今、“恐竜ディレクター”としてNHKで恐竜番組を作っています。
好きなことを番組にできる、とても幸せな仕事をしていると思っています。

ティラノサウルス以来のズキューーーン!

実は、多くの恐竜少年がそうであるように(!?)、私も中学生、高校生と成長するうちに、「恐竜熱」は次第に冷めていきました。

厳密にいうと、もちろん恐竜は好きでしたが、受験とか将来の仕事のこととか、目の前の現実を考えるうちに、映画・ジュラシックパークの博士みたいに、自分が恐竜研究者になれる、とは思えなかったんです。

転機が訪れたのは、大学3年生の冬。
当時、私は北海道大学に進学し、地質学を学ぶ学科にいました。
なぜ地質学の学科にいたかというと、恐竜を研究したかったから、ではなく、単に大学での成績が悪く希望の学科にいけず(大学2年生のタイミングで成績順に学科への振り分けがあった)、3番目に希望していた地質学を専攻することになったからでした。

ある日、友人との会話で“あるウワサ”を聞きつけました。

「どうやら“世界的な恐竜研究者”が北海道大学の博物館にやってきたらしい」と。

その研究者とは、後の私の恩師となり、今も北海道大学で恐竜研究を続ける、世界的な恐竜学の権威・小林快次さんでした。

恩師・北海道大学の小林快次さん

小林さんのウワサを聞いたとき、当時、大学生活をボケ―っと過ごしていた自分(勉学よりもアルバイトに明け暮れていた)は、幼いときに恐竜博でティラノサウルスを見たときの稲妻がもう一度、ズキューーーン!!と体を走りぬけたのを覚えています。

すぐさま、博物館の小林さんの研究室をアポ無しでノックしました。

小林さん「はーい。どうぞー。」

扉の向こうにいた小林さんは当時30代前半でしたが、世界的な研究者としての“ものすごいオーラ”を発していました。
私は内心かなりビビりながら、「恐竜の研究をしたいので、小林さんの元で卒業論文をやらせてもらえないでしょうか…?」と聞いてみました。
すると…、

小林さん「いいよ。どの恐竜やる? ティラノ?」

想像以上にあっさりと、二つ返事でOKが出てしまった(!?)のです…!

恐竜の「論文」を書いて“恐竜研究者”に!

ここから、私の大学生活は一変しました。
毎日、研究室に通って、恐竜学を基礎から学びました。
恐竜の教科書・参考書・論文は、そのほとんど全てが英語です。
しかも、医学英語など専門用語がぎっしりで、まずはそれらを覚えるところから始めました。

研究のテーマは、恐竜の脳の解析。
実は恐竜の頭骨化石には、脳が入っていた空洞が残されていて、その空洞をCTスキャンで解析すると、恐竜の脳の構造がわかるんです。

研究はとても楽しかったですが、非常に厳しいものでもありました。
小林さんは「いいよ」とあっさりOKしてくれましたが、同時に当時の私にとっては非常に高いハードルも課しました。
それは、卒論を全文、英語で書いて、論文としてパブリッシュすること。
当時、私のまわりでは、卒業論文を英語で書いている学生はいませんでした。

小林さんの、時には優しく、時には“非常に厳しく”、の指導を受けながら、医学用語辞典を片手に、1年間かけて、なんとか卒論を英語で完成させました。

その卒論は、私の一番の宝物です。今も、会社の自分の棚に置いています。
番組制作で思い悩むとき、見返して、当時の気持ちを思い出しています。

卒論は幸いにも、アメリカの恐竜研究者と共著で、国際的な科学誌にパブリッシュもされました。

卒論を書き上げたとき、小林さんが「本当によくやった」と、めずらしく? 満面の笑顔で褒めてくれたのが、めちゃくちゃうれしかったのを覚えています。

論文完成時のお祝いにて
(中央)小林さん、(左)小林研同期の田中康平さん(現・筑波大学助教)、(右)筆者

とここまで来ると、このまま恐竜研究者になるのでは? という感じがしてきますが、このとき、私は悩みを抱えていました。

それは、このまま恐竜研究者を目指すべきなのかどうか?
当時(今もですが)、日本の大学を卒業し、日本で恐竜研究者としてご飯を食べていく、というのは非常に厳しい道でした。恐竜研究者のポストが非常に少なかったからです。
自分にこの道を究められるのか…? 将来に不安を覚えていました。

一転、番組ディレクターになる!?

そんなとき、私にアドバイスをくれたのも小林さんでした。

小林さん「まっつん(私のニックネーム)、NHK、受けてみたら?」

え? えぬえいちけい…?

言われて、とてもびっくりしました。
私の地学系の研究室では、地質コンサルタントや資源開発などの会社に就職するのが一般的で、テレビ局に就職する人は皆無だったからです。

小林さんのアドバイスには、理由がありました。
当時、小林さんはNHKの恐竜に関する番組の監修をしており、頻繁にNHKのプロデューサーやディレクターが小林さんの取材のために研究室を出入りしていたのです。

彼らのように、NHKで番組を作って、恐竜研究の普及、科学の普及に貢献してはどうか? というものでした。

番組ディレクターになる。

まさか、全く予想もしていなかった進路に向けて、NHKの採用試験を受けることにしました。

採用試験が近づいた、ある日。
偶然、小林研を取材のために訪れていたNHKの高間大介プロデューサーと、学食でお昼ご飯を一緒に食べる機会がありました。
当時、高間さんは、生命の進化に関する大型番組を作り続けており、まさに古生物番組の最前線にいる人でした。

当時、私はNHKの採用試験を受けるとは決めたものの、それまで全く触れてこなかったマスコミ業界に、はたして自分が向いているのか? 大きな不安を感じていました。
聞くなら今しかない、と、高間さんに思い切って、その不安について、話してみました。すると…

高間さん「君は、“聞き上手”だね。ディレクターにとって重要な力だよ。ディレクターに向いているかもしれない。」

聞き上手…?

人生で一度も言われたことのない褒め言葉!?でしたが、
「自分はディレクターに向いているのかも!」と、自信がみなぎってきたのを覚えています。

一次試験の小論文には、なぜか「恐竜から鳥への進化」という、今考えると、全くテレビに関係のないマニアックなことを書いてしまいましたが(汗)、幸いなことに合格し、晴れて“恐竜少年”は“恐竜ディレクター”への道を歩み始めました。

まわってこない打席

ところが、NHKに入っても、“恐竜ディレクター”になるのは、簡単なことではありませんでした。
当時、NHKでは恐竜に関係した番組は非常に少なく、なかなか自分が担当する機会は得られませんでした。

ヒューマンドキュメンタリーや旅番組、歌番組、情報番組、災害緊急報道。
いろいろと経験し、ディレクターとしての力をつけることはできましたが、いつになったら恐竜の番組が作れるのか…、悶々もんもんと過ごす日々が続きました。

入局して6年目には初任地のNHK函館放送局から東京の放送センター勤務になりました。
科学番組の部署に配属になり、恐竜番組が作れる!と胸が高鳴りましたが、担当することになったのは生活情報や医学情報を伝える科学系の情報番組で、なかなか恐竜研究に関係した番組を実現するのが難しい状況でした。
そういう中でも、チャンスがあれば、企画書を書いたり、短めの定時番組の枠で恐竜の企画をやったり、熱意をアピールしていました。

当時、先輩からは「ディレクターって、最初にやりたいと思っていたことは意外とできないもんなんだよね」というジンクスも聞いたりして、もしかしたら自分も、このまま恐竜番組を作らないでディレクター人生を終わるのかもしれない。
そんなことも思い始めていました。

恐竜番組を作る!!!

NHKに入局して10年目。チャンスは突然、やってきました。

ある日、私が所属していた科学番組系統の部署の先輩である植田和貴ディレクターから、「一緒に恐竜の大型番組の企画を考えないか?」と誘いを受けたのです。

実は植田さんは、私が小林研にいた当時、高間プロデューサーと同じく取材のために研究室を出入りしていたディレクターで、その後も数々の古生物番組の大型企画を作り続けてきた、その道の最前線にいる方でした。

私が学生のころから交流があり、NHKに入ってからも、ディレクターとしての進路について定期的に相談もしていました。
植田さんは、恐竜番組を作りたい!とアピールしていた私を気にかけてくれていたのです。

さらに、植田さんと番組の新企画を考えるにあたり、プロデューサーとしてチームに加わったのは、あの高間さんでした。

学生時代からお世話になっている、高間さん、植田さんと一緒に恐竜の大型番組を作る。

本当に胸が躍りました。

その番組が「NHKスペシャル・恐竜超世界(2019年放送)」です。

恐竜研究の最前線にいる研究者たちが思い描く恐竜世界を、リアルなCGで描く恐竜番組です。

かくして、30年の時を経て、“恐竜少年”は“恐竜ディレクター”になりました。

論文で読んでいた世界中の恐竜研究者を取材し、“憧れの標本”を撮影できるのは、本当に幸せなことです。

番組で撮影したカルノタウルスのタイプ標本
(タイプ標本:恐竜が新種として発表される際に、その恐竜を定義づける記述のよりどころとなった標本)

海外の研究者に撮影で会ったときには、卒論が名刺代わりにもなっています。
卒論のことを話すと「ああ、あの研究か!」と、すぐに打ち解けることができます。

「このディレクターには1から説明する必要はないな」と思ってくれているのか、会って5分と経たないうちに、いきなり超専門的な研究の内容を話してくれたりします。
これは、“恐竜ディレクター”としての自分の強みだと思っています。

さらに、今回の「恐竜超世界2」では、恩師の小林さんのインタビューを撮影し、番組に出演してもらうという長年の夢!?をかなえることもできました。

実は、私が北海道大学で恐竜を研究していたとき、一緒に机を並べていた先輩・後輩は今、日本を代表する恐竜研究者として活躍しています。
彼らに番組の監修をしてもらったり、彼らの新研究を番組に取り入れて紹介したりできることは、何よりの喜びです。

心がギュッとなる瞬間も…

一方で、恐竜番組を作る上で、恐竜研究をしていたからこそ強く感じる「悩み」もあります。

恐竜研究は目覚ましい速度で進んでいますが、そうは言っても私たちは恐竜時代にタイムトラベルすることができない以上、恐竜のことはわからないことだらけ、です。
姿かたち・色・声・行動…少しずつ明らかになってきてはいますが、まだまだ情報が足りないのです。
研究者に尋ねても「わからない」ということがたくさんあります。

この「わからない」をそのまま「わかりません」にしてしまうと、番組として描くのに困ることが多々あります。
恐竜超世界シリーズのように、恐竜世界をリアルなCGで描くとなると、なおさらです。

そういうときは、研究ではわかっていない領域も、ある程度は推測を混ぜて作らざるを得ない状況があります。
研究者の方々に「今回の番組では、推測も交えて、こんな風に描きたいがどうか?」と、何度も研究者と議論を交わします。

多くの研究者は、科学的に正しいこと、を一番に伝えたいと思っていますし、それが科学者としての誇りだと思います。

まだわからない領域のことを、推測を交えて話すのは、科学者としては勇気のいることです。
そのことを職業上、相談しなくてはならない…ディレクターとしてのつらさがあります。
いつも心がギュッとなります。

そんなときでも励まされるのは、番組を見た子どもたちからの反響、です。
恐竜超世界の放送後、本当に多くの子どもたちやその保護者の方々から「番組を録画し、何度も視聴している」という声を聞きます。
また、番組に登場した恐竜のイラストもたくさん送っていただいています。

こうした番組を楽しみにしてくれている子どもたちの思いに触れると、もしかしたらその中から未来の恐竜研究者が生まれるかもしれない!と、とてもうれしい気持ちになります。

自分たちの作っている恐竜CGは、科学的に正しいのか?

恐竜を直接見ることができない以上、これは誰にも答えようのない問いなんですが、
「恐竜の真の姿に少しでも迫っていきたい!」
という思いを胸に、これからも番組制作を続けていきたいと思っています。

最後に…世界最高峰の恐竜CGを目指して

恐竜超世界シリーズに出てくる恐竜CGは、海外の放送局などから買ったものではなく、一から自分たちで作るメイドインNHKです。

世界には、映画・ジュラシックワールドシリーズや、BBCの恐竜ドキュメンタリーなど、超高品質な恐竜CGで作られた映像作品が数多くあります。

そのレベルにはまだ及ばないところもあるのですが、その高みに少しでも近づこうと、CG/VFXチームと力を合わせて、まるで恐竜を目の前で見ているかのような“フォトリアルな恐竜CG”を目指しています。

CG/VFXチームの長年の努力が実り、最近では、「NHKの恐竜CGがすごい!」という世界的な評価も受け始めています。
世界の放送局が番組を売り買いする国際展開の市場では、「NHKの恐竜作品を楽しみにしている」という声も多く聞くようになりました。

これからもどんどん進化を続けていくNHKの恐竜番組に、ぜひご期待ください!

ディレクター 松舟由祐

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