「防災教育は地域の防災関係の機関で支えていかなければならない。
NHKさんもその1つだと思いますよ。」
はじめまして。記者の頼富重人と申します。
これまで災害や防災に関して取材をしてきました。
災害が起きるたびに、多くの人々が犠牲となります。
悲劇を繰り返さないために一人ひとりができること、それは、災害について学び、自分ができる備えを進めていくことだと信じ、それぞれの地域や団体が精力的に活動しています。
一方でそうした取り組みにふだんの生活の中で触れる機会は少なく、学校で行われる防災教育に大きな期待がかかっているのが現状であるということが取材を通してわかってきました。
しかし、いま現場の先生たちを悩ませていることが「教材作り」です。
タブレットも活用するため、文字だけでなく映像も盛り込んで子どもたちに伝えたいものの、防災教材に適した映像を簡単に見つけることはできず、
権利関係など映像の専門的知識も少ないことから、苦労しているとのことでした。
「防災教育は地域の防災関係の機関で支えていかなければならない。NHKさんもその1つだと思いますよ。」
その言葉が私の心を動かしました。
きっかけは、“防災教育”の取材
防災教育の取材を始めたのは2年あまり前、
釧路放送局に赴任していた時でした。
北海道東部は千島海溝沿いで巨大地震が発生する危険性が指摘されていて、10mを超える津波が押し寄せると想定され、地域では避難訓練など防災の取り組みが熱心に行われていました。

市街地の広い範囲が浸水するおそれがあると想定される。
しかし、地域の小学校24校に現状を尋ねるアンケートをしたところ、学校が行う防災教育には課題もあることが分かりました。

防災授業にあてた時間は、10時間以上と答えた学校がある一方、1時間から2時間程度にとどまった学校も多く、学校間で開きがあることがわかりました。さらに、防災教育の推進に課題を感じている学校はおよそ8割にのぼりました。
特に、教材や教具の不足や専門家や外部講師とのつながりの無さに課題を感じていることが分かってきました。

実際に、津波で3m以上浸水すると想定されている小学校の先生にも聞き取りをすると、地域のリスクに応じた備えを子どもたちに教えたいが、専門の教材が少なく、現状は災害の基礎知識を教えるのにとどまり、歯がゆい思いを抱えていることが分かってきました。
防災教育の推進に取り組み、共同でアンケート調査を行った北海道教育大学の境智洋教授は次のように話しました。
「学校に温度差が出たらいけない。すべての子どもたちに、自分の命を守るということを意識づけるために、防災教育は地域の防災関係の機関で支えていかなければならない。NHKさんもその1つだと思いますよ」。

NHKが出来ることは
いま、社会が抱えている課題を取材し、その解決策を問いかけるのが記者の使命だと思っていました。
NHKは災害対策基本法上の指定公共機関。
防災教育をテーマにした今回の取材は、課題を解決するために私たちも何が出来るのか、自らに問いかけられた気がしました。
さらに、もしかしたら私たちの力で、現場が抱える課題を解決できるかもしれないとも感じた瞬間でした。
NHKが出来ることは何か。
東京へ異動後、向かったのは、関東大震災100年の節目をむかえる東京都教育委員会で安全教育を担当する先生のところでした。
東京都の学校現場でも防災教育について同じ課題意識を持っていて、東京都教委では各学校を支援するため「防災ノート」と呼ばれる防災用教材を作っていました。
さらにはデジタル活用が進んだことからタブレットやパソコンで見ることが出来る「デジタル版 防災ノート」も作成。文字だけでなく、映像も盛り込んでいました。
ただ、防災教材に適した映像を簡単に見つけることはできず、権利関係など映像の専門的知識も少ないことから、教材作りには悩みを抱えているとのことでした。

NHKが過去に放送した災害に関する映像を教材に活用出来れば、防災教育を行う学校現場を支援出来るのではないか。
そう思い相談したのが、NHKにある過去の映像を管理している知財センターアーカイブス部です。そこでは、すでに過去の大きな災害で放送したアーカイブス映像を、「NHK災害アーカイブス」 というホームページに公開する取り組みをしていました。

さらには、関東大震災100年という節目にあわせて、当時の被害状況の映像などを掲載し、児童・生徒にもより見られるようにする方法を検討しているところでした。
「すでにホームページに公開されている災害映像に学校関係者からの問い合わせも多い。関東大震災100年に向けて公開する動画を東京都教委の防災教材でも活用出来るようにすれば、子どもたちの命を守ることにつながるのではないか。」と一緒に取り組むことが決まりました。
さらには、災害の備えを学ぶコンテンツを自身のホームページで公開している東京管区気象台にも協力を求めました。
そしてことし2月、東京都教育委員会と東京管区気象台、それに私たちNHKの三者による協議の場を設けて防災教材の検討を開始しました。子どもの心理面に配慮しながら、より伝わる内容にするにはどうすれば良いか、互いに協議をしました。
「100年前を振り返るだけでなく、これから起こりうる地震についても伝えたい」
「災害時だけでなくその後の復興も取り上げたい」
「子どもたちがこれからの備えを考えるのに適したコンテンツは何か」
さまざまな意見を交わした結果、私たちは、当時の被災状況、被災者のインタビューのほか、復旧や復興の様子を取り上げた番組などを選定。計8本の動画コンテンツを私たちの災害アーカイブスのホームページに公開し、東京都教委は教材からそのページにリンクして、子どもたちが見られるようにすることになりました。
また、今後の備えを学ぶコンテンツとして、東京管区気象台が公開している子ども向けホームページにもリンク。子どもたちが過去の震災の教訓を学び、今後の備えを考えることが出来るような構成となりました。
打合せを始めてから5か月後の7月14日。小学生用と中学・高校生用の2種類のデジタル教材が完成し東京都教委の「防災教育ポータルサイト」に公開されました。

細心の注意を払って映像を選択しましたが、実際に子どもたちに映像の内容を理解してもらえるのか、映像が心的ストレスを与えることはないかなど、不安も感じながらの公開でした。
いよいよ初授業
公開されて5日後。
いよいよ、東京・福生市の小学校で教材を使った初めての授業が行われました。
防災教材は現場で役立つのか。教材作りに関わったものとして、取材者として、現場に向かいました。
授業は6年生、およそ50人を対象に実施されました。
教材に掲載された映像のうち、特に子どもたちが真剣に見入っていたのがインタビューの映像でした。

「みんな真っ赤でした。橋も真っ赤。両国橋も真っ赤」
多くの人が犠牲になった被服廠跡地で火災を経験した証言です。迫ってくる火の勢いや跡地に避難した人々の様子などを感じることが出来ます。
また、火災から避難しようとした男性の証言からは炎が迫る中、大勢の避難者で身動きすらとれない状況だったことが分かります。

「ぎっしりなんだね。上野の方が。だから前に進めない。上野の交番に着いたのが夜の8時近くだった。(地震が起きたのは正午前)それぐらい進まなかった」

それまで少しざわついた雰囲気だった教室が、証言の映像が流れた瞬間に静まりかえりました。 子どもたちは真剣な表情に。
今から100年前の関東大震災を経験した人々のいわば「生の証言」に触れ、ここ東京でも過去に大きな震災があったことを感じている様子でした。
映像だからこそ伝えられるものがあると改めて実感しました。
自分事としてとらえ 備えを考える
この後、自分たちで備えを考える時間が設けられました。子どもたちからは、今後自分たちがすべきことについて続々と声が上がりました。

「揺れても壊れないように地震に強い家にする必要があるね」
「火が燃え広がらないように窓をきちんと閉めておかないと」
「動画では避難する人が1か所に集まっていて歩きにくそうだった」
「家族で避難の際の約束事を決めておくことが大事だね」(先生)
授業を終えた先生にも取材すると、関東大震災については、100年前の災害なので当時の状況を伝えるのに適した教材が少なく、授業で取り上げようとしても、なかなか出来なかったことも分かりました。

「子どもたちは大きな地震の経験がないので、いままであった災害からどれだけ具体的なイメージを持つかが大事だと思っています。
今回の授業では、子どもたちが真剣な目で見てくれていた。教材をゼロから探してくるというのは大変なので、教材ができたのは私たちが指導していくなかでとても助かります」
NHKが防災教育で貢献出来ることは何か。
子どもたちの真剣な表情や対策を話し合う様子を見て、アーカイブス映像の活用も方法の1つだと感じました。
「生の言葉」を届ける
教材は夏休み以降、本格的に活用される見通しです。
各学校で使ってみた感想なども聞きながら、改善できることはないかこれからも考えていきたいと思います。
そして、子どもたちの印象に最も強く残ったのは映像に残された「証言」だったと思います。
経験した人しか語れない「生の言葉」こそが、経験していない人の心を動かす。
今しか残すことが出来ない言葉がまだたくさん現場に残されています。
報道に携わる者として、そうした言葉をできるだけ多く取材し、発信していこうと改めて感じました。
