“語る”って深すぎる!NHKアナの“ナレーション術”を初めて言語化したワケ

アナウンサー小澤康喬

43歳。アナウンサー歴21年目です。
ニュースや中継・リポート、番組司会などなど、そこそこ、いろいろ経験してきたなあと思っています、自分では (笑)

ところが、今、いきなり新人に戻ったかのような心持ちでチャレンジしている分野があります。それが、“ナレーション”です。

ナレーションというのは、ドキュメンタリーなどさまざまな番組で、状況や背景、時には心情などを伝えるコメントを、声で表現する役割です。

伝える仕事ではありますが、「伝えよう伝えよう」とすれば失敗し、「こうすれば伝わる」なんて講じた策はことごとく裏切られます。
というのも、ナレーションによって伝える主役は、映像を含む番組の世界観です。ただ情報をわかりやすく伝えればいいというわけではありません。
視聴者が番組から何かを感じられるよう、繊細かつ大胆に声の表現を追求するのですが、そこには正解はないのです。

後で放送を自分で見て、「視聴者が物語に没入できるよういざなえていない」「声が邪魔している」「もっと踏み込んだ表現にすべきだった」「映像と音声が一体化し切れていない…」と奈落の底に落ちたような気分になるのは常です。

そんな時は「向いていないんだよなー」とか「できるようになったらおもしろいだろうな」とか、後ろ向きと前向きを行ったり来たりして、うじうじうじうじ、みっともなさだけは超一流な中年アナウンサーになってしまいます。

“四十にして惑いまくり”な私ですが、今、数か月をかけて作成してきた「ナレーションガイド」がいよいよ完成しようとしています。
NHKアナウンサーを代表するナレーターの先輩たちに“語り”の術を言語化してもらい、全国のNHKアナが読めるようにするのです。

表紙

私自身、編集を担うことでナレーションの上達につながったと感じているこのガイド。ただ声のみによって表現するナレーションで、私たちがどう工夫してどんなことに情熱を注いでいるのか、お伝えしてみたいと思います。

口伝で受け継がれてきたナレーション

まずは、声の表現を、みなさんにも体感していただきましょう。

「懐かしい」ということばを声に出してみてください。
1回目は、明瞭な発声を心がけ、最初の音の「な」を強調するつもりで。
2回目は、深呼吸をしながら、吐く息に乗せて。

どちらにより“懐かしさ”を感じるでしょうか。
私も言ってみましたので、聴いてみてください。

どうでしたか?
多くの方が、2回目の言い方により“懐かしさ”を感じ取ったのではないでしょうか。

ポイントは「息遣い」です。
ナレーションは番組で描かれた物語を解釈し、“実感”をもって表現します。“実感を込める”方法の1つが深い息遣いというわけです。

もちろん、実際の収録でひと言発する度に深呼吸するわけにはいきません。ここぞという所で使う、一度の呼吸をいくつかのことばに分けて使うなど、息の使い方に技量が必要なのです。
私自身、深い息で表現できるようになってようやく、ナレーターの端くれと名乗ってもいいかなと思えるようになりました。

この息遣いについて、私に最初に教えてくれたのは井上二郎アナでした。二郎さんはふだんよく話をする仲のいい先輩で、ナレーションの仕事をする度に番組を見せてアドバイスをもらっています。

数年前、なかなかナレーションがうまくいかない私に二郎さんが言ったのが「ナレーションは“息”だよ」ということばでした。
その時は正直ピンとこず、「意味がわからないよ、二郎さん…」と内心思っていましたが(ごめんなさい)、それから試行錯誤し、ある時「これかもしれない」という感覚にたどりつけました。

今では私も言っているんです。
後輩たちに、「大事なのは呼吸だよ」と。意味がわかりましたよ、二郎さん!(笑)

二郎さんと

ナレーションはこれまで、先輩にマンツーマンで教わったり、関心のあるアナウンサーが集まって勉強会を開いたりするなどして、そのスキルが継承されてきました。
でも、誰もがいつでも手に取って自身の鍛錬に活用できる“ガイド”のような存在はなかったんです。

ナレーションの道を歩もうとする全国のNHKアナウンサーにとって、入り口にともる明かりとなり、立ちはだかる壁を越える手がかりを示し、いつかその人だけの表現にたどりつくための風を呼ぶ、そのために作ったのが、この「ナレーションガイド」なのです。

“下っ端”の私と作成メンバー

ここまで、まるで私が1人で作ったかのような誤解を招きかねない書きぶりになってしまいましたが、作成に当たったメンバーは大勢います。はっきり言って、私は“下っ端”です。

リーダーは、数々の番組で語りを担当し、アナウンサーの育成・指導にも当たる髙橋美鈴アナウンサー。私にとって、最初にナレーションの高みを見せてくれた人です。

あれはまだ2年目の駆け出しだった2004年夏。
当時勤務していた名古屋放送局のスタジオでニュースを読み終えると、モニターで「NHKスペシャル」が始まりました。原爆関連の番組で、広島の映像に合わせて語りが聞こえてきます。導かれるように見始めた私。数分後、はっとしてニューススタジオにいることを思い出したほど、髙橋さんの声の力によって番組に引き込まれていました。
「ナレーションって、アナウンサーってすごい!」と思った鮮烈な体験でした。

メンバーはさらに、柴田祐規子アナ、中條誠子アナ、そして前述の井上二郎アナ。

以上、NHKアナウンサーを代表するナレーターの4人が方向性を決め、池田伸子アナと私が編集を担当しました。

執筆者は上記6人の他、豊原謙二郎アナ、安部みちこアナ、糸井羊司アナ、礒野佑子アナ、首藤奈知子アナ、廣瀬智美アナ、守本奈実アナ、新井秀和アナです。

皆、NHKアナウンス室の「ナレーション育成グループ」で活動してきたメンバーで、日頃から地域のアナウンサーも含め、ナレーションのトレーニングをしたり勉強会を開催したりしています。

私は編集担当なもので、みんなが書いた原稿を集めて最初に目を通すのですが、これがなんとも贅沢ぜいたくな時間でした。
ナレーターそれぞれのナレーション観が、凝縮したことばで表されています。読むだけでヒントのシャワーを浴びるような感覚です。

このガイドは、アナウンサーのスキルアップを図り、視聴者のみなさんによりよいコンテンツをお届けするために作成しました。
ですので、全文公開するものではないのですが、編集の過程で私が感じたことをお伝えするため、一部ではありますが、内容をご紹介しましょう!

「ナレーションガイド」に詰まった多様な方法論

このガイドは、大きく3つのパートでできています。

1つ目が、ナレーターに広く共通する基礎を固めてもらうためのパート。

2つ目が、ナレーターごとのナレーション論を提示し、読み手が自身に合う手がかりを見つけるためのパート。

3つ目が、若手のナレーションを指導する立場になった人に読んでもらうためのパートとなっています。

もちろん、メインとなるのは2つ目です。
経験豊富なナレーターそれぞれが自らのナレーションを語る項目「私の方法論」では、ナレーションの捉え方自体が多様であることがわかります。

「読み手の経験や思いが、語りには表れる」

礒野佑子アナ

「番組の世界でグイグイと視聴者を誘っていく」

豊原謙二郎アナ

「ナレーターが読むのは、コメントではなく番組の構成」

柴田祐規子アナ

「ニュースもナレーションも、目指すところは同じ」

糸井羊司アナ

全然違うと思いませんか?
日頃一緒に仕事をしている私などは、内容の意味するところよりも、なんだか先輩それぞれの人柄が表れたことばであるような気さえしてしまいます。

共通する“核心”とは

この方法論の要は、「準備→収録→放送」というナレーションの一連の流れの中でナレーターが何を大事にしているのかつまびらかにするところです。読むと、共通点があることに気付きました。

「映像(=現場)を観察しながら、コメントを読解」

中條誠子アナ

「番組の構成やコメントの設計がどうなっているのかを理解」

井上二郎アナ

「世界観・思いをなるべく理解したい」

豊原謙二郎アナ

柴田祐規子アナは、「構成の読み解きのヒント」というタイトルで記事を1本書いてくれました。

この「読解・理解・読み解き」ということばから、語り手による番組の解釈が大事だと、ナレーターたちが考えていることがうかがえます。

なぜ“解釈”が大事なのか。

番組はいくつかのシークエンスで成り立っていて、その中にいくつものコメントが配置されています。

番組が向かうメッセージのために、それぞれのシークエンスはどんな役割を担っているのか。そのシークエンスの中で、1つ1つのコメントの存在意義は何なのか。

ディレクターの思い、テーマの背景、番組の演出、さまざまなことをヒントにそれらを考え、導いた解釈が、ナレーターが声で表現する際の基になるからだと思います。

前述の、柴田アナの言う「ナレーターが読むのは番組の構成」というのは、このことです。

たとえばある番組で、こんな風に話が展開するとします。

【シークエンスA】ある若者が先の見通せない苦境に立つ。
(番組が進んだ20分後)
【シークエンスB】若者は苦悩しながらも笑顔で未来を語る。

Bを頼もしいと思うか、そっと見守りたいと思うかで、前段のAの語りも変わってきます。

ゴールが「頼もしさ」なら、Aは苦境における心情に一歩踏み込んで語る方がいいかもしれません。

「見守る気持ち」で終えるなら、Aでむしろ先の見えない状況を印象づけることがBにおけるまなざしにつながるでしょうか。

もちろん、どちらが正解ということはありません。
語り手が主人公の姿を見つめ何を感じ取ったか、という違いです。

こう考えると、解釈というのはナレーターが日々の暮らしの中で培った感覚や価値観、養った心、人柄によって成されるものだと言えそうです。
だから、礒野アナの言うように「読み手の経験や思いが語りには表れる」のです。

「ナレーションガイド」の編集は、私にとっても自身のナレーションを見つめ直し、言語化する機会となりました。ナレーションに特に力を入れるようになったこの数年、最も感じたのは、ナレーションをやっていると年を取ることが喜びになるということです。

声の表現によって視聴者を誘うには、まず自身が物語に感動することが欠かせません。10年前、30代前半の頃には、生きることが楽しくて感動するための感度が全然足りませんでした。10年たって、生きることは苦しいのだと知った代わりに、人間がいとおしいと思えるようになった。すると、もう世界のそこかしこに感動を覚えて、気付けば目頭が熱くなり、頬を滴がうようになりました。
子どもの見るアニメのちょっとしたシーンで涙腺が崩壊するので、家では内容より私のリアクションが注目されることもあるほどです。

こうなってくると、どんな番組のどんな主人公にも、どこか必ず心が震えます。感動の幅や深みを与えてくれる年齢の積み重ねは、ナレーションの表現を引き出してくれる源泉なのです。

収録中も、思わず涙ぐむことがあるので必ず持ち込みます
もう1つ、必ず持参するのがゼリー飲料です。長尺の番組では、収録に時間がかかることも。グーというおなかの音が入らないよう、すぐに補給するのにぴったりです

表現は、自由だから難しい!

歳月の積み重ねが生きるナレーションの奥深さ、ご想像いただけたでしょうか?
それでは、事前に映像と台本から解釈を深めたアナウンサーたちは、収録本番で、どうやってそれを表現していくのでしょう。

実は、この誰もが知りたいであろうポイントに、「方法論」を書いたアナウンサーたちはほとんど言及していないんです。不思議ですよね。
おそらくNHKのベテランナレーターたちは、解釈という土台がしっかり築かれていれば、その表現こそは自由、個性だと捉えているからではないでしょうか。

けれど、「自由だから表現は難しい!」と、私などは思ってしまいます。私の表現との戦いを聞いてください。

私にとってナレーションは“ライブ”です。
収録して世に出しますから生放送ではないのですが、収録しているその時は、まさにライブですし、そこに難しさと挑戦があると思っています。

私の場合、準備、解釈をして収録に臨んでも、事前にイメージした表現がそのまま当てはまるということは、ほぼありません。

1つの理由は「音楽」です。
映像は事前に何度も見ますが、音楽は、収録当日に初めて合わさるということがほとんどです。すると、収録中にこんなことが起こります。

たとえば、「Aだから、Bなのです」というコメントがあるとします。
結論のBを引き立てるため、AよりBを高めの音で入るようイメージしていたとしましょう。
ところが音楽を聴くと、Aの部分からいい感じで盛り上がってきて、語りも音楽に乗ってAから高めの音を使いたくなります。そうすると、もうBを高くする選択肢はありませんので、Bを聞かせるためにより多くの息を含ませた声で届くように表現する。
といった、その時その時の判断が必要になります。

そしてもう1つ、どれだけ準備しても、やはり収録本番の発見や気付きが大切だということです。

主人公のことばに、「あぁ、やっぱりこのことばは心が震えるな」とか、表情に「こんなに目を輝かせていたのか」など、その場での気付きによって表現を作る即興性はとても重要です。

宝の山に、自分のための宝がある

ご紹介してきたことはほんの一部で、「ナレーションガイド」には、ナレーターたちのたくさんのことばが詰まっています。
すべてが読み手に届くとは限りませんが、「これは自分のために贈られたことばだ」と思える一文が、誰にとってもどこかにあると信じています。

というのも、私自身、この数か月編集を担当して、自分のナレーションが変わったと感じるからです。

私にとって宝の山だった原稿の中から、思い切って“一文”を挙げるなら、 豊原謙二郎アナウンサーの「“自分がどう読むか”ではなく“視聴者をどう誘うか”」ということばでした。
私には「“どう伝えるか”ではなく“どう引き込むか”」だというように読めました。

私は自身のナレーションの悩みとして、文頭の1音目がはじけてうるさく聞こえることがあったのですが、「引き込む」という発想を得て、徐々に緩和されました。

ことばを届けようとして高い音ばかり使っていると、結局単調になって視聴者の関心は引けません。
高い音がある、低い音がある、中ぐらいの音もある、そうやって選択肢を増やすと、届けたいことばだからこそ低く抑えて気持ちを引き寄せるといった方法を取ることができるようになりました。

編集中にも数本の番組のナレーションを担当しましたが、主人公と視聴者の間に立ち、伝えたい時ほどむしろ力を抜いて視聴者を手招きするようなイメージで語れたのではないかと思います。

未来の表現の花を楽しみに

NHKアナウンサーの歴史は、まもなく100年を迎えようとしています。
この間、幾人もの名ナレーターが誕生し、中には退職後も一線で活躍し続けている大先輩もいます。

どうすればそのようなナレーターになれるのか、ということは、「ナレーションガイド」のどこにも書いてありません。
大事なのは、一人一人がそれぞれの表現にたどりつくことだからです。

長い歴史の中で確かなのは、「表現は変わり続けてきた」ということです。

私が言うのは僭越せんえつではあるのですが、編集担当として「ナレーションガイド」に込めている思いはそこにこそあります。

対象と真摯しんしに向き合うという基礎を継承し、これを手に取ったアナウンサーの中から次代のナレーターが生まれ、自らの表現を探して歩んで行く。 アナウンサー同士、切磋琢磨せっさたくまし、試行錯誤を続けていく。

10年後、どんな表現の花が咲くでしょうか。楽しみにしたいと思います。

もちろん、私自身も、よりよいナレーターを目指して努力を続けながら。

収録をサポートした鹿児島放送局の島田莉生アナと

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