現代にもつうじる普遍的な心象風景を描く

「100分de名著」──三島由紀夫『金閣寺』

石戸 諭(ノンフィクション・ライター)

昨年で没後50年を迎えた作家・三島由紀夫の代表作『金閣寺』が、講師に平野啓一郎さんを迎えて「100de名著」に登場。ノンフィクション・ライターの石戸 諭さんがこの作品を現代にも通じる問題提起として読み解いてくれました。

三島由紀夫の『金閣寺』は現代を描いている。一見、逆説的だが、そう考えた方がに落ちる番組だった。小説の主人公で最終的に金閣寺を燃やすことになる溝口は、現代風に言うならば典型的な「コミュ障」だ。

彼は吃音きつおんが原因で、小さい頃から周囲とうまくコミュニケーションを図ることができず、自分の気持ちもうまく伝えられない。彼の人生の中で、唯一「絶対」の存在として心のなかにあったのが金閣寺である。

本当は現実の社会とつながり、楽しく生きていきたいのに、イメージの世界、あるいは観念的な世界に人生が支配されていく。現実に触れたいと思っても、つながりを作ること、それ自体が困難になってしまう。自分と同じ生きづらさを抱えているのではないか、と思って接近した友人(柏木)は、逆にしたたかに、自分の弱みをも巧みに利用し、現実を生きている。

しかし、溝口に同じことはできない。自分だけが周囲と違うという思いの中で、感情は屈折していき、「金閣寺」に抱く思いがより極端なものへと変化していく。現代的な問題と通底つうていする何かを、溝口の行動から読み解くことは決して不可能ではないことがわかると思う。

「共滅」という美学

デビュー時に「三島の再来」と評された作家・平野啓一郎さんの解説も、従来の三島像を塗り替えようとする意欲的なもので、伊集院 光さんとのやりとりも効いている。溝口が絶対的で美的な存在である「金閣寺」に対し、戦争で空襲が激しかったときに特別な「つながり」を感じていたのはなぜか、という解説は特に興味深いものがあった。

溝口は、戦時中に空襲にあえば、自分も金閣寺もともに滅びるという思考に取りかれる。平野さんはこれを「共存」とは反対の意味で、「共滅」と呼ぶ。日本の作家の中で、三島ほど滅びのロマンに魅せられた作家はいない。当時を生きた多くの人々にとって、戦争という長く続いた「緊急事態」は異常な時間だった。だが、三島や少なからぬ青少年にとっては、そうではなかった。

彼らは凡庸ぼんようで平和な日常より、自分の人生も、美的な存在もすべては滅びる終末にこそ魅力を感じていた。だからこそ、戦争の終わりは恐怖でしかなかった。特に戦争末期に文学的な才能を認められた三島にとって、戦争の終わりとは新世代の旗手だった自分が、一転して時代遅れになっていくことを意味するという恐れとの戦いでもあったのだろう。

しかも、周囲はあっさりと変化に簡単に適応していった。平野さんが丹念に読み解くように、三島が絶対的な存在として考えていた「天皇」も、戦時中の「現人神(あらひとがみ)」から、「国民の象徴」へと読み替えられ、何事もなかったかのようにあっさりと日常を取り戻す人ばかりだった。少なくとも三島、そして溝口にとっても戦後の社会はそう見えていた。戦時中には感じられた溝口と金閣寺との「つながり」があっさり絶たれたのも、周囲の価値転換から取り残されていたからだ。

自分は変わっていないのに、周囲は強烈に変化していくことへの不安。変化への不安に取りかれたとき、人間は極論へと一歩踏み込んでいく。それは溝口だけでなく、たとえば現代の陰謀論者にも見いだすことができる普遍的な心象風景とも言えるだろう。三島が描き出す溝口の告白と向き合うことは、戦後史に連なる「現代」の日本社会と向き合うことでもある。

★著者プロフィール

石戸 諭(いしど・さとる)
1984年生まれ、東京都出身。2006年立命館大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。その後、BuzzFeed Japanを経て2018年に独立。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』、『ルポ 百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地』。ニューズウィーク日本版特集で第26回雑誌ジャーナリズム賞作品賞。

★ノンフィクション・ライター 石戸 諭さんの「最近、何みてた?」

・「ハートネットTV」(Eテレ)

重い知的障害やパニック障害の子どもたちを受け入れ、隔てることない教育に取り組んできた奈良県の大正中学の日常を追ったドキュメンタリー。とても良質だった。

・「キャスト」(朝日放送)

4月から火曜コメンテーターを引き受けているニュース番組。関西のメディア空間は、東京とはまったく異なる。両方を知ることはとても大切だと思った。

・「オール・オア・ナッシング〜トッテナム・ホットスパーの再興」(Amazon Primeビデオ)

昼食を食べながら、少しずつ見ていた。海外のドキュンメンタリーはストーリーをしっかり作り込んでいて、シーンの描き方がおもしろい。

★レビュー番組

100分de名著 三島由紀夫「金閣寺」

【放送】毎週月曜日[Eテレ]後10:25~10:50

幼い頃から吃音きつおんで言語表現に困難をもつ主人公・溝口は父親から「金閣寺ほど美しいものは地上にはない」といわれて育つ。美しい風景を眺めては「心象の金閣」の美を膨らませ続けた溝口だったが、父の死の直前、本物の金閣寺を見せられて激しく幻滅。だが溝口は現実の金閣と対話を続ける中で再び美を見いだし戦火によって「滅びゆくもの」として深い一体感を感じるのだった。第1回は、美と劣等感の間で引き裂かれる人間の性に迫る。

第1回 5月3日放送「美と劣等感のはざまで」
第2回 5月10日放送「引き裂かれた魂」
第3回 5月17日放送「悪はいかに可能か」
第4回 5月24日放送「永遠を滅ぼすもの」

【講師】平野啓一郎(芥川賞作家)

【司会】伊集院光、安部みちこ

【朗読】山田裕貴

【語り】小口貴子

▶︎ 番組ホームページ

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