田辺先生が愛したものたち

グレーテルのかまど「田辺聖子のしんこ細工」

レビュアー:綿矢りさ(小説家)

「きのう何みてた?」は、さまざまな書き手が多様な視点から番組をレビューするコーナーです。
小説家・綿矢りささんが選んだのは敬愛する作家、田辺聖子さんの愛した「しんこ細工」というお菓子を取り上げた『グレーテルのかまど』。はたして作家と食とその創作との関係はいかに?

物語のなかに出てくる食べ物は、ともすれば現実で出会い自分の舌で確かめた美味おいしさよりも“美味しい”ときがある。個人的には、凝った料理よりも親しんできた素材と簡単な料理法で出来上がるメニューのほうが、その食べ物描写を読んだときにより想像力が働く気がする。登場人物がうまそうに食べていたら、なおさらだ。

「どんな味なんだろう? どんだけおいしいんだろう!」と国内や外国の小説に食べ物描写が出てくる度にわくわくする。小説を読んでいるときは常に想像力は働いているけど、食べ物描写に差し掛かると、さらにぐっとアクセルを踏み込んでいる気がする。食欲という本能に関わってるから、力が増すのだろうか。

『グレーテルのかまど』はそんな食べ物描写、なかでも甘いデザートの描写への好奇心を満たしてくれる番組だ。その『田辺聖子のしんこ細工』の回について、田辺先生の読者の私が感想を書かせてもらうことになった。

しんこ細工とは、上新粉の生地で動物や草花をかたどったお菓子で、昔はお祭りの縁日や紙芝居屋さんが紙芝居の上映前に売ったりしていて、田辺先生は作られる過程を見たあとにそれを食べるのを楽しみにしていたと、番組中に説明があった。私はしんこ細工を今まで知らなかったが、あめ細工の細かく流麗な技術に比べると、もったりした可愛かわいらしさとふくよかさのあるライン、優しく淡い色遣いが魅力のお菓子だなと思った。

元はただの粉でも、作り手の手指の動き次第で、自由自在に形を変えてゆくしんこ細工に、自分の人生を重ねた田辺先生は『しんこ細工の猿やきじ』というエッセイを書かれた。

大阪樟蔭女子大学内にある田辺聖子文学館には、一度行ったことがある。「聖子の部屋」とでも言えそうな、田辺先生の愛用品のぎっしり詰まった空間だった。可愛いだけでなく、なんとなくおもしろみのあるぬいぐるみや洋服たちが醸し出す温かいムードや、ファンシーでありつつ爽やかな調度品の数々は、眺めているだけで楽しい気分になる。審美眼で厳選してより集めたというより、田辺先生を慕って自然と集まってきたような雰囲気の小物たちが素敵すてきだった。

番組前半の、こちらの文学館の紹介と生原稿や川端康成に評されたときの文芸誌など、たくさんの資料で田辺先生の人生をふりかえる映像は見応えがあった。どういう文脈でしんこ細工が出てくるのかをより丁寧に教えてもらえれば、田辺先生の著作への興味もさらに湧いたかもしれない。

素朴なたたずまいと“可愛げ”

しんこ細工の調理方法も分かりやすく伝えられていた。ぜひ作ってみたくなったが、四角の形をした本格的そうな蒸し器が出てきて、あれ持ってないから無理かなぁと思った。なにか代用でできる器具などあれば教えてほしかった。

現代では数が減少しているという職人さんのお宅に入って、しんこ細工が出来上がる過程を映しているのは、見ていてとてもわくわくした。幼かった当時の田辺先生の気持ちがこの映像を通してよく理解できた。使う道具はいたってシンプル、小さなハサミぐらいのもので、ハサミのいろんな場所を使いながら、タイのうろこやひれなどさまざまな細工を仕上げていくのには驚いた。

しんこ細工に初めて出会ったときから魅せられて、頼み込んで師匠に技術を教えてもらったという、笠原さんの熱い思いにも感動した。こんなふうに好きな気持ちを好きなだけで終わらせないで、頼み込んで教えてもらったりと行動力を発揮して、やがて技を自分のものにしていく人ってすごい。笠原さんのやる気のかたまり、きらきらしたエネルギーのかたまりがしんこ細工の動物や果物に形を変えていく。

スタジオで作られ完成した、小鳥とみかんのしんこ細工は、片栗粉をまぶして身の表面にある白い筋を演出したのがリアルな、ちょっとだけいたみかんが特に印象に残った。ひと手間加えるだけで、みかんがよりみかんらしくなっていくから、仕上げの魔法って大切なんだなと思った。

しんこ細工を見ていると、カワイイと可愛げの違いについて考えさせられた。目のくりくりっとした、きれいな色合いの、洗練されたフォルムを持つ現代的な可愛さを持つものは、見つけると思わず「カワイイッ」と声がもれ、すごく人目も引くけれど、癒やしの効果はあまり感じない。反対にしんこ細工作品に共通している“可愛げ”は、すごく目立つわけではないけど、ただそこにいる感じの素朴な佇まいと、自然なフォルムに癒やされる。

しんこ細工を通して田辺先生が愛したものの内面に、近づけた気がした。

★著者プロフィール

綿矢りさ(わたや・りさ)
小説家。1984年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。高校在学中の2001年に『インストール』で文藝賞を受賞しデビュー。2004年に『蹴りたい背中』で芥川龍之介賞を、2012年に『かわいそうだね?』で大江健三郎賞を受賞。ほかの作品に『夢を与える』『勝手にふるえてろ』『のみのままで』などがある。

★綿矢りささんの「最近、何みてた?」

「薄氷の殺人」(Amazonプライムビデオ)
女優グイ・ルンメイが薄幸そうな役柄で美しい。野外スケート場リンクの氷や、雪の降る車道のトンネルなどの場面が出てくるが、凍えそうな寒さと安っぽい外灯の明かりが絶妙にハードボイルド。

「山河令 ~WORD OF HONOR~」(Amazonプライムビデオ)
武侠ドラマ。闘いの場面で、フワァと屋根の上に飛んだりする幻想的な世界。登場人物の人生を丁寧に追うので、策略だらけの殺伐とした世界ながらも感情移入できる。

「幸福路のチー」(Amazonプライムビデオ)
台湾出身の女性の半生をふり返る物語。可愛いアニメの絵柄だけど、生きるシビアさや失望の味も描くのが、なんだか切なくてしょうがない。

★レビュー番組

グレーテルのかまど「田辺聖子のしんこ細工」

【放送】5月10日(月)[Eテレ]後10:00~10:25

柔らかな大阪弁のエッセイや小説で、幅広いファンを持つ田辺聖子さん。自伝的小説のタイトルが、『しんこ細工の猿や雉』。かつてお祭りの縁日でよく見かけたしんこ細工は、田辺さんにとって身近で懐かしいものだった。上新粉で作った生地が、指やハサミを使ってさまざまな形に仕上げられるしんこ細工に、人生を重ね見た田辺さん。田辺さんのメッセージを、しんこ細工とともに読み解く。ヘンゼルもしんこ細工に挑戦!

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