わたしが防災士になったワケ

こんにちは、NHK職員で、防災士の佐藤です。私は今、NHK仙台放送局 視聴者リレーションセンターで、東北にお住まいのみなさまへNHKの番組・コンテンツや、受信料制度のご案内、お手続きなど視聴者サービスの企画・推進に関わる業務、そして、「地域のみなさまと防災でつながる活動」に取り組んでいます。

NHKに受信料を支払う価値はない。
本当にNHKって必要なの?

2010年にNHKに転職して以来、そうした厳しいご意見と向き合う仕事をしてきました。
その都度、私自身も「NHKの存在意義とは?」「NHKにある価値とは何か?強みとは?」「受信料が支えるものとは?」ということを繰り返し考え続けていました。正直、厳しいご意見をいただくなかで、NHKのあり方に自分自身も悩んでいて、答えは簡単には見つかりませんでした。自信を持って、NHKについてお伝えできるものが自分なりに発見できていなかったからかもしれません。

あれこれ悩む中で、一つの答えにたどり着きます。それは、「みなさまの命と暮らしを守る」という使命。そのための取り組みを私自身もはじめ、NHK内に変化を起こすこと。そして、「災害時のNHK」や「NHKの防災・減災」そこにある価値を多くのみなさまに伝えたい。
…というわけで歩み出した防災士への道。そこに至るまでの余曲折をお話しさせてください。

防災とは無縁の元広告マン

NHKに入る前の私は、とある広告代理店で8年間営業の仕事をしていました。商品やサービスをお客様へ伝える仕事であり、TVCM・雑誌・新聞・WEBなどの広告企画立案から、広報、マーケティング調査、店頭販促物・じゅう器制作、イベントまでなんでもやっていました。

そして2010年NHKに転職。入局してからの8年間は、防災とはまったく無縁の視聴者対応部門で仕事をしていました。当時は防災に関しては記者やディレクター、アナウンサーなど専門的に携わる職員や部門が中心でした。そのため、放送では以前から災害報道や防災について伝える機会はありましたが、地域のみなさまに近い視聴者対応部門が防災に関して伝える機会はほとんどありませんでした。

そこに転機が訪れます。東京都立川市にある西東京営業センターに所属し、入局9年目のある日。「NHKのこの先」を考え、どうNHKを変えていくかという課題に取り組むプロジェクトに参加することになりました。そこで思い至ったのが、冒頭の通り「みなさまの命と暮らしを守る」NHKの使命でした。そして、「災害時のNHK」や「NHKの防災・減災」、そこにある価値を多くのみなさまに伝えたい。
放送だけでなく、放送以外のお客様とのあらゆる接点で防災を考えるきっかけができるのではないか、また、そのことで、災害時に一人でも多くの方の命を救うことにつながるのではないかと。受信料の価値はそこにあるのではないかと考えました。よし、はじめよう。

当時の手書き企画書より

災害時、NHKの同僚たちは何をしていたのか

当時の私は、防災についての知識がほとんどないばかりか、実際に災害が起きたとき、NHKがどんな放送を出したり、活動をしたりしているのかについても詳しく知りませんでした。私自身が知らないものを地域のみなさまに伝えられる訳がありません。まずは自分自身がもっとよく知り、学ぶべきだ。NHKの災害報道や防災について徹底的に調べようと考えました。

当時集めた資料の一部

そこで最初に始めたのが、東日本大震災当時、実際に東北で勤務していた職員へのインタビューです。当時を知る職員を探そうとしていた時に、「あの時東北にいたよ」という同僚がたまたま同じ職場内にいました。東日本大震災の経験は同じ職員であっても軽々しく聞くことはためらわれましたが、趣旨を説明すると同僚は協力してくれました。

その同僚は当時、福島県の郡山支局で働いており、発災時は福島県いわき市の海沿いの町を車で移動中だったそうです。発災直後の行動について尋ねると「発災直後から携帯電話は全く使用できなくなり、乗っていた車のカーナビのワンセグで津波の情報等を得て、急いで海から遠ざかりました」とのこと。また、発災時の対応を尋ねると「視聴者対応部門では記者の衣食を現地に届ける等のロジスティック業務(サポート業務)がメインでした。2週間自宅に帰らず、風呂にも入っておらず、朝の打ち合わせでは立ったまま寝てしまう状態にあったディレクターが『私たちが情報を届けないと死んでしまう人がいるかもしれません。頑張りましょう』と話していたのを覚えています」とのことでした。

この時驚いたのは、ふだんは頻繁に使う機会は無いかもしれない“カーナビのワンセグ”も、もしもの時に命を守るための情報を入手できる手段になっていたということでした。災害時にどこにいるかは分かりません。テレビ、ラジオ、ワンセグ、インターネット、その一つひとつが命を守るツールになるかもしれないということで、私はこのことはお客様にもぜひお伝えしたいと思いました。

当時インタビューとともに調べた『地震発生後、最初に利用したメディア』
(放送文化研究所「東日本大震災・被災者はメディアをどのように利用したのか」より抜粋)

自分の知らない、知るべきこうしたエピソードが他にも局内にたくさんあるのかもしれない。そう思い、同僚へのヒアリング以外にも、関連番組のインタビューや東日本大震災当時の映像をアーカイブスで集める仕事を始めました。

発災当時の話を聞いているなかで、今でも強く記憶に残っているのが6歳の女の子がお母さんを毎日海に探しに行っていたという話です。その途中でこの仕事をしていて初めて泣いてしまいました。私なりにNHKにいるからこそできることをやらなきゃいけない…そう思いました。

全国の都道府県に放送局がありますが、私のように災害を経験したことのない職員は経験した職員から学び、さらに、記者やアナウンサーなど職種ごとに異なる経験内容も知ることが重要で、その機会を作る必要があると考えました。
また、当時、各職場でも東日本大震災をきっかけに変化が起きていたという情報を知った経緯もあり、発災時は避難を呼びかける放送を試み、その後もNHKの緊急報道と向き合い続けている高瀬アナウンサーや記者の職員にも声をかけ、局内講習会の協力を依頼しました。

テレビ・ラジオ以外に使えるものは?

災害時にテレビ・ラジオが使えない状況でも情報を届ける手段で、NHKには他にどんなものがあるのだろうか?
そう考えていた時起きたのが、2019年10月、台風19号による記録的豪雨。私の当時の勤務地近くの多摩川でも氾濫による被害が発生しました。

河川に関する情報を手軽に得ることができれば、少しでも役立つのではないか。
そして見つけたのが「NHKニュース防災・アプリ」です。2019年6月にマップ上で河川の水位情報に加え、河川カメラの状況を確認することができる機能が搭載されていました。これだ! と思いました。
河川情報や河川カメラ等の機能を活用すれば、早めの避難などにつなげられるかもしれない。この情報を河川近くにお住まいの地域のみなさんへ平常時から伝えたいとすぐにアプリの開発者へコンタクトをとり、その開発経緯や意図を聞くことにしました。

当時調べた河川情報や河川マップについて

いわく、このアプリは2016年から提供が開始され、報道局ネットワーク報道部という部署で開発・運営されていました。アプリが生まれるきっかけになったのは東日本大震災。被災地は非常に広域にわたり、例えば、東北の被災地と関東の被災地とでは被害状況も異なり、東北の津波被災地では刻一刻と変わる津波情報であったり、関東では帰宅困難者の方への情報であったり、被災者の方の求めるニーズも違っていたかと思います。

アプリの特徴は、地域ごとにカスタマイズされた情報を一人ひとりに届けることができること。地域を設定するとその地域の警報・注意報、避難情報、災害に関する様々な情報を画面でお伝えしたり、プッシュ通知でもお届けしたりしています。またそれだけでなく、河川の水位情報や河川カメラの映像まで見ることができます。
この機能こそ、命を守るためにきっと役に立つはず。広く皆さんにお伝えしたいと思いました。

どうやって伝える?

防災の活動を始めて半年が過ぎ、当初は既存のパンフレットと補足説明で伝えていました。しかし、当時、既存のパンフレットはいろいろな情報の一つとして災害報道の簡単な紹介のみの内容でした。お客様が見た時に、興味を持っていただいたり、それを使って何ができるの?という疑問に答えたりできる中身では残念ながらありませんでした。

これでは伝えるべきものが伝わらない、無いなら作ろうと、2019年11月に「NHKの防災に特化したパンフレット」を作ることにしました。
さらに、同じ時期に≪災害列島 生きるスキル≫『体感 首都直下地震ウイーク』というキャンペーンも展開予定・期間中には「パラレル東京」というドラマも放送という情報も。その番組制作・企画チームとも連携することで、パンフレットには「NHKニュース・防災アプリ」だけでなく、「NHKの災害報道を支える取り組みや仕組み」についても掲載することができました。
そして、そうした取り組みもまた受信料で支えられているということも盛り込みたいと思っていました。

(同じ組織でありながら、当時私のいた視聴者対応部門とアプリを開発したセクション、番組制作セクションやその他部門との情報共有はふだんあまりなく、確認作業にも時間がかかるのですが…。
この時は企画構想から納品まで1か月で完成でき、こうした部局横断的な情報を扱うパンフレットを作ることができたのは画期的なことでした。さらに当時実感したのはNHK内の部門間の連携の力です。
部門ごとのお互いの強みを生かすことでもっとお客様に分かりやすく、広く伝えていける可能性を感じました。このパンフレットが、のちに多くの防災に関する資材が生まれるきっかけとなりました。)

1か月で作り上げたパンフレット(2019年11月作成)
最新のデザインはこちらです(2022年10月現在)

本当に伝わっているのか?

広告代理店の時代から、こちらの思いが伝わったかどうかはやはりお客様の実際の声や反応、売り場を見て身をもって感じてきました。今回も一方通行ではなく、パンフレットをお客様に案内し、実感したい。そう思い、実際に多くの方にご案内しました。
まずは台風被害もあった多摩川近隣地域にお住まいのお客様とお話し、最初にいただいた言葉が「これは知らなかった、ありがとう」です。
視聴者対応部門では長年厳しいご意見を頂戴する機会が多いなかで、実は初めての「ありがとう」という言葉でした。自分にとってはとても大きく、自信をもらうことができました。

さらに、当時大学生で救命士を目指している方からは「こうした取り組みに共感します」という言葉。実際に多摩川沿いの企業の方からは「台風の時に河川の情報はとても気にしていたので、従業員の命を守る立場でこうした情報はとても助かる。」多くの前向きな声、勇気をもらえる声をいただきました。
当時一緒に働いていた職員の多くが同じ体験をしましたが、その時に感じたのは、NHKは知られているようでまだまだ知られていないということです。「命と暮らしを守る」使命にやりがいを感じるとともに、そのために、もっとその情報を広く伝えなければならないと、強く感じた瞬間でした。

専門用語がわからない!

「災害図上訓練について…」「ん?サイガイズジョウ…?」
この頃、NHK内のいろいろな部署や自治体・企業の方とも防災に関してお話しする機会も多くなってきました。しかし、一つ問題が。専門用語が分からないのです。

私自身もっと学ぶ必要があると考え、2020年に「防災士」の資格を取得しました。過去の災害を学び、さらに災害が発生するたびに年々変化してきた防災の考え方やしくみ、制度など体系的な知識を得ることができました。
さらに、地域ごとに異なる災害に対して、防災士としてNHKの防災に関する番組・コンテンツはどう使えるのか、どうお伝えしたらいいのかという視点で考えるようになりました。

防災士資格を取得

その頃私が取り組んでいたのが、各地で災害が起きるたびに発災時の初動から「NHKニュース・防災アプリ」の画面キャプチャを取り、その地域に私自身が住んでいると仮定してどう使えるのかというシミュレーションとその使い方をまとめていくことでした。防災士として、このアプリは発災時にどうなのかをしっかりと分析することが大切だと考えました。

大雨による河川氾濫、大きな地震、台風などハザードごとに使い方も異なります。特に発災時の初動はどうなのか。それは東日本大震災当時、最初に利用したメディアの情報や津波被害の状況から、とても重要なことと考えました。平常時から発災時のアプリの使い方を知っておけば、少しでも早く避難につなげることができるかもしれない、と考えましたが、このことは私だけが知っていてもしょうがなく、まずはマニュアルや講習資料を作り、全国各地の地域のみなさまに近い立場にある視聴者対応部門の職員に伝えることで、そこから地域のみなさまへ伝えていけるのではないかと考えました。

当時作成したNHKニュース・防災アプリ講習資料(令和2年7月豪雨)
当時作成したNHKニュース・防災アプリ講習資料(2021年3月20日宮城県沖地震)

そして今

今年の夏、私は仙台放送局へ異動しました。今は、語り部の方のお話しを聞いたり、一つひとつ震災伝承施設をめぐったりしています。現地に行くと、とても静かです。私自身も家族がいます。一人の人間として、そこにあった生活を、そこにあった日常を思い浮かべ、じっと見ていると涙がでてきます。
一人の防災士として、一人のNHK職員として、今、そして、これからできることはないか。もしもの時に備えて平常時からNHKがさらにできることは?伝えられることは何か?常に考えています。

石巻市震災遺構 大川小学校 2022年7月30日現地にて

また、これまでの活動のなかで、防災士の仲間が増えてきました。全国各地に一人、また一人と増え、昨年時点で視聴者対応部門だけで34人がその専門性を生かしています。地域ごとにハザードも異なり、いろいろな切り口で防災の取り組みを進め、一人ひとりの個性を発揮しながら、さらに活動の幅が広がってきています。
こうした“防災士ネットワーク”を生かすべく、NHKの視聴者対応部門の全国防災士会議を開催し、その地域の悩みや課題の共有、意見交換、私たちに何ができるかの議論も行いました。

▶▶番組で紹介しています!◀◀

これまでの防災の取り組みは決して、一人でやってきたわけではありません。多くの職員の協力、サポート、さらには、共に進める職員がいたからこそ、今に至ります。NHKには専門性を持った多くの職員や全国各地でさまざまな経験値を持った職員がおり、災害報道や防災の取り組みもいろいろな部門が力を合わせています。災害時もそうですが、平常時もです。
さらに、防災においてはNHKだけでその地域を支えることはできません。地域のみなさまとの連携が不可欠です。地域を共に支えていくために地域のみなさまと協力しながら、もしもの災害時に一人でも多くの方の命を救うために、これからも防災の取り組みを進めていきたいと考えています。

「震災と未来」展(2021年3月開催)にて。筆者

NHK仙台放送局 視聴者リレーションセンター 佐藤

この機会に、こちらもご紹介します。

■「NHKアナウンサー 命を守る“防災のよびかけ”」文言や音声データの公開

■NHK仙台放送局 定禅寺メディアステーション

見て・体験して・学ぶ東日本大震災関連の展示施設です。「震災伝承施設」にも登録されています。

■災害時のNHKデータ放送の使い方

視聴者対応部門の防災士会議の中で議論し生まれたものを一つご紹介します。「自治体の方や地域コミュニティの方、地域のみなさま向け・災害時のNHKデータ放送の使い方」です。「NHKニュース・防災アプリ」はスマートフォンやタブレット用アプリのため、高齢で使うのが難しい方や、テレビで災害情報や避難・ライフライン情報を知りたい方へ、データ放送の使い方を伝えることはできないかという声を受けて検討を始めました。早速、NHK内で調べてみると簡単な防災の活用案内はあるものの、災害時に特化したデータ放送の使い方の詳しい案内資料はありませんでした。そこで、新たに作成したのがこちらです。今では防災パンフレット等にも掲載し、自治体や地域のみなさまにご活用頂いています。

■災害報道・防災コンテンツを支える専門チーム「SoLTソルト

災害報道はデジタル分野でも進化し続けていました。私がいろいろ調べた当時知ったのがこの「SoLT」です。放送部門の担当が「ソルト」「ソルト」とよく話されており、最初「塩?」と思いましたが、違いました。「NHKニュース・防災アプリ」に配信されている災害情報やニュースを支えているチームの一つがこの「Social Listening Team」。通称「SoLTソルト」とNHK内で呼ばれている専門チームです。東日本大震災をきっかけに2013年に発足しツイッター等から事件事故や災害の端緒のほか救助要請などもキャッチし、ニュースにつなげています。

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