「ことばで命を守る」NHKアナウンサーたちがスマホアプリでお伝えしたいこと

忘れられない出来事があります。2018年7月の西日本豪雨です。

記録的な大雨で、中国・四国地方を中心に川の氾濫や浸水、土砂災害の被害が相次ぎ、200人を超える人が亡くなりました。当時、私は松山放送局でニュースを担当していました。スタジオで緊急報道に当たりましたが、その甚大な被害に、無力感にさいなまれるばかりでした。

あの日から間もなく5年。

この間、“ことばの力”で水害から身を守ってもらうための模索を続けてきました。

そして、皆さんに役立ててもらえるのではないか、と思える新しいサービス「地域のNHKアナウンサーがお伝えする防災のポイント」(以下、「防災のポイント」)を、「NHKニュース・防災アプリ」において公開するにいたりました。そんな私たちの挑戦を、お話したいと思います。

首都圏の「防災のポイント」を作成したメンバーです。

“魔法のことばはありません”

私、アナウンサーの小澤康喬と申します。
NHKアナウンサーが“ことばの力”で災害から命を守ろうと取り組む「呼びかけプロジェクト」の一員です。

「呼びかけプロジェクト」は、災害の危険が迫っている時に、NHKのアナウンサーがスタジオからみなさんに伝える、「一刻も早く逃げてください!」「川の近くから離れてください!」といった “呼びかけ”を発展させるため、命を守る行動をより促すことのできることばを、アナウンサーが自分たちで取材・議論して生み出そうという活動です。

(命を守る行動を促すことば“呼びかけ”の模索は、東日本大震災の報道を担ったアナウンサーを中心に始まり、これまで多くのアナウンサーがそのスキルを蓄積してきました。詳しくは、こちら👇)

西日本豪雨をきっかけに発足し、これまでに地域に特化した呼びかけを作成するなどしてきました。

ことしで6年目。現在は約60人のアナウンサーが参加し、水害・地震・津波・首都直下地震などテーマごとにチームを組んでいます。

呼びかけのブラッシュアップ・緊急対応の検証と共有・新たなアナウンサーの役割の検討・呼びかけを展開させたコンテンツの開発など、人々の命を守るためにできることをあらゆる面から探り、発展させようと活動しています。

私は「水害班」のリーダーとして、大雨による水害や土砂災害から命を守ってもらうための情報を発信し、呼びかけの文言を作り出す取り組みを進めています。

水害班を預かる私の原点が西日本豪雨です。当時、松山放送局で特設ニュースを担当し、次々入ってくる避難指示や河川の水位上昇などの情報を、これ以上事態が悪化しないよう祈るような思いで伝え続けました。

しかし、起きた災害は想像をはるかに超えるものでした。尊い命が失われ、大切な暮らしが奪われました。

もっと伝えられたことがあったのではないかと、今でも思います。

命を守る行動へと人々を動かすような、より力のあることばを発することができていたなら、もう少し役に立てたのではないか、と思えてなりません。

西日本豪雨を機に日頃の情報発信を模索し始めました。

ことばによって防災・減災の一端を担う者として、大雨に対して何ができるのか。模索の日々が始まりました。

力を入れたのは、被災した現地の取材です。大規模な土砂災害がありながら、犠牲者の出なかった松山市高浜地区。

人々はなぜ身を守ることができたのか。土砂が襲ってくるギリギリのタイミングで避難へと背中を押したのは、自主防災組織や消防が1軒1軒訪ねたことによる直接の声かけでした。

では、危険が差し迫るより前の段階で避難しようと思ってもらうには、放送を通じてどう呼びかければいいのか。

取材で、人々の背中を押して動かすことができる効果的なことばを手探りする私に、同行してもらった防災の専門家が言いました。

「これを言えば誰もが必ず逃げる、そんな魔法のことばはありませんよ」。

目が覚めるような思いがしたものの、じゃあどうすればと言い出しそうな私に、その人は続けました。

「だから、日常の積み重ねが大事なんです」。

もちろん、いざという時に人々が身を守れるよう促すことばを掘り下げ発展させることは欠かせません。

そして、表現のみに頼らず情報や実況描写と合わせることで“呼びかけ”の説得力を高めるといったスキルの習熟も重要です。

それに加えて、災害が起こるその時のために日頃から人々が触れられることばとそれを発信する方法を、私は探し始めました。

最初に考えたのは、日常の気象情報の中で、災害時に気を付けてほしいポイントや取って欲しい行動を地域ごとにお伝えするというものでした。ニュースに携わるメンバーで相談しましたが、「きょうあすの生活のために気象情報を知りたい人にとってニーズに合わず、伝わらないのではないか」「雨の予報に合わせて伝えても、まるでその地域に大雨が降るかのような印象になってしまうのではないか」などさまざまな意見から、違う方法を探らざるを得ませんでした。

いつでも“呼びかけ”られるアプリの可能性

防災・減災のための情報を日頃から発信する方法を探し続ける中、私も東京に異動し2年近くが過ぎたある日。転機は不意にやって来ました。「呼びかけプロジェクト」で「地域版命を守る呼びかけ」が完成に向けてあと少しという時期のことでした。

当時、各地域局の呼びかけは進歩していて、呼びかける文言だけでなく、地域の情報や過去にあった災害など、呼びかけ文言を含んだ緊急報道用の資料として出来上がりつつありました。アナウンサーたちが実際に川沿いを歩いて取材し、専門家の知見や住民の意見を聞き取って練り上げた、命を守るためのことばが詰まっています。

そんな地域ごとの呼びかけを作成するアナウンサーの一部から、資料の情報を災害時だけに限らず日頃から届けることで、より役立てられないかという声が上がったのです。

それをきっかけに、「呼びかけプロジェクト」を統括する横尾泰輔アナウンサーと数人のアナウンサーで話し合い取り組んでみることになったのが、「NHKニュース・防災アプリ」に地域の「呼びかけ」の文言を掲載することでした。

アプリを担当する報道局とも連携し、まずは大雨による災害の頻度が高い九州各県から作ることになりました。アプリへの掲載ですから、アクセスすればいつでも防災情報をご覧頂くことができます。

私の抱え続けていた課題、「いざという時のために日頃から発信する方法」がついに見つかった思いがしました。こうして、九州各局とも協力し、25か所の「防災のポイント」が完成しました。

「防災のポイント」は「NHKニュース・防災アプリ」の「マップ」からご覧いただけます。

まず、見たいエリアを「河川情報・大河川」で探してください。表示スケール6.5kmからポイントのアイコンが出てきます。

タップして読んでみてください。「周辺の情報」「災害の事例は?」「災害時には?」といった情報が載っています。あわせて、「河川情報・中小」に切り替えると、1.5kmスケールからカメラのアイコンが現れます。河川に設置されたカメラの画像が表示されますので、川がどんな状況か見てください。

九州の事例(佐賀県内)

公開された「防災のポイント」をアプリで見た時の感激は忘れられません。私たちがいざという時のために蓄積した命を守るためのことばが、日常的に社会に届くのです。それも、皆さんがいつでもどこでも手にしているスマホの画面に、です。

「日常の積み重ねが大事なんです」という専門家のことばから生まれた数年来の課題に、ようやく応えられた気がしました。

より広い範囲のより多くの人々に、アプリを通していざという時のための情報を届けようと、次に私たちが取りかかったのは中国・四国地方でした。
西日本豪雨で大きな被害を受けた地域です。その記録を掲載し、教訓として次の災害への備えに生かしてもらいたいという思いがありました。

この活動は、その地域に暮らす人々のためのものですから、当然、現地局のアナウンサーとの連携が欠かせません。各局のアナウンサーが蓄えた情報や知見、そして河川事務所や自治体へのさらなる取材を文言化し、水害班のアナウンサーが専属のサポーターとなって作成を進めました。

アプリの文言を作るうえで意識したのは、できるだけ少ない文字数にまとめることです。アプリの仕様から、見やすさと情報量が両立する字数は170字。膨大な情報をすべて記載すればいいというわけではなく、限りある中でもっとも効果が望める表現を追求する必要がありました。

各局のアナウンサーと水害班のサポーターがつくった文言に、プロジェクト全体のリーダーである井上二郎アナウンサーや瀧川剛史アナウンサー、そして水害班リーダーの私とで意見を出しブラッシュアップします。

例をご紹介しましょう。
西日本豪雨で大きな被害のあった岡山県倉敷市真備町「杉森樋門周辺」の文言です。岡山局の塩田慎二アナウンサー・勝呂恭佑アナウンサー・松本真季アナウンサーとやり取りを重ねて作り上げました。

「周辺の情報」に記載する文言です。

原案「小田川沿いに田畑が広がり住宅も点在しています。小田川は高梁川に合流します。」

この文言はすべてその通りなのですが、前半について私はこの地点に限らず通じる表現だと感じ、「なるべくその地点でしか言えないことを盛り込んでほしい」と依頼しました。

こちらが完成した文言です。

「倉敷市中心部などにアクセスが良く近年ベッドタウン化。高齢者も多く住んでいます。」

と、真備町が立体的に浮かび上がる文言になりました。

この地域を何度も取材して、より具体的な事実やイメージを持っているアナウンサーだからこそ書くことができた文章です。

ここで、「高齢者」の存在に言及したことが、「災害の事例は?」や「災害時には?」の項目に結びついていきます…。

「災害の事例は?」では、「西日本豪雨では(中略)1人での避難が難しい高齢者などが犠牲になりました。」

そして「災害時には?」で「『自分は大丈夫じゃ』と言うあなたも油断は禁物です。(中略)周りと声を掛け合いながら早めに避難してください。」としました。

この「大丈夫じゃ」という表現、地元の特に高齢の方たちがよく使う口調だそうです。岡山放送局のアナウンサーたちが考えた、地域の人たちにこの先も防災を自分のこととして捉えてもらうための表現です。

お国ことばが伝わる、というほど単純ではありませんが、この地域で厚い取材を重ねてきたアナウンサーたちが言うのだからと、こちらも期待するような思いでこの表現に決まりました。

こんなふうに、現地のアナウンサーと東京の私たちとの間で互いに意見を交わし、文言を練り上げていきました。ブラッシュアップのやり取りが、時には5往復以上になることも。

どちらも、もう誰にも災害で命を落とさないでほしいという思いは同じです。

岡山局作成の「防災のポイント」と、担当した塩田アナ・松本アナ・勝呂アナ(左から)

呼びかけプロジェクト水害班アナウンサーの連携

九州・中国・四国を公開し、いよいよ首都圏の「防災のポイント」を作ることになりました。私も取材と作成を担います。

さらに今回は、水害班で実働するメンバー11人に加え、水戸放送局・前橋放送局・甲府放送局の3人のアナウンサーが加わることになりました。首都圏では、2015年の関東・東北豪雨、2019年の台風19号による豪雨など、ここ10年で実際に大雨による災害が起こっています。

次の水害に備えて、人々により伝わり命を守ってもらうための文言を、今度はこの地域に暮らす私たちが作り上げるのです。

総勢14人となった私たちが最初に取り組んだのが、国土交通省の管理する河川カメラに関する取材です。

河川カメラの画像、皆さんご覧になったことがあるでしょうか?

全国の河川に5000近く設置されており、自治体の管理しているものも合わせますと10000か所以上が国土交通省のサイトで公開されています(2023年6月2日時点)。

その画像をNHKのアプリでも閲覧することができます。

川の画像をリアルタイムで確認できます。

リアルタイムの河川の状況を見ながら「防災のポイント」で情報を得てもらえば、さらに理解を深めてもらえるのではと考えました。

私たちは首都圏のカメラを管理する国土交通省関東地方整備局や自治体を取材したり、ハザードマップを読み込んだりして、その地域の地形の特徴と災害リスクを洗い出していきました。

そして取材を進めるほどに、カメラの設置場所のほとんどで、大雨などによる浸水のリスクが想定されていることが見えてきました。

集めてきた情報の一つ一つに目を通し整理しながら、地域の皆さんに伝わりやすい表現を探す作業は、人々の安全に奉仕しているというやりがいを実感できる機会でした。

では、水害班のアナウンサーそれぞれが、どんな思いでどのように取り組んだのか、一部ご紹介したいと思います。

▼豊島実季アナウンサー
昨年度、東京勤務1年目だった豊島アナウンサー。
「ニュースウオッチ9」のリポーターやスポーツキャスターを担当しながら作成に当たりました。豊島さんを突き動かしたのは、西日本豪雨後に赴任した広島での経験でした。その後も続く地域の人々への影響を取材し続けてきたのです。

「広島で出会ったような、日々を大切に暮らす人々がここにもいる。その人たちの命や生活を守るのに役立てるなら、動くしかない。」

その思いで、取材・作成に当たったと言っていました。

▼漆原輝アナウンサー
当時、日曜日朝のニュース番組でリポーターを担当していた漆原アナウンサー。

取材で全国各地を飛び回る中の活動となりました。漆原さんは、アプリの内容を地域の人の感覚になるべく近づけたいと考えていました。

最初は避難先について具体的な名称を入れようと考えましたが、自治体の取材を経て、「国道より東側に」など地元の生活の中にある目印と方角を示す方がより多くの人にとってイメージしやすいと結論を出し、文言を作りました。

▼保里小百合アナウンサー
以前「クローズアップ現代+」のキャスターを務めていた保里アナウンサー。今、水戸放送局で平日夕方6時台の番組「いば6」を担当しています。
広い茨城県で水害のおそれが迫った時、何を伝えるべきかをより深く知る機会にしたいと、水害班の活動に自ら手を挙げて参加してくれました。

クロ現でも水害や防災に関するテーマを扱った経験から、地域に密着した情報が重要だと感じていたため、毎日の放送準備の合間を縫って取材に当たりました。

▼青井実アナウンサー
「ニュースウオッチ9」のキャスターを務める青井アナウンサー。私の同期です。

取材を進める中で改めて実感したのは、水害から身を守る方法はどの地域にもあるということだと言います。それなら、1人でも多くの人に命を守るための情報を届けたい。取材によって思いをさらに強くし、アプリの文言を作成したと話していました。

こうした一人一人の思いが合わさって、首都圏の「防災のポイント」は今年3月に完成。取材によって抽出した92か所の情報が、5月、アプリを通して公開されました。

日頃から水害に備えてもらうために

「これを言えば誰もが必ず逃げる、そんな魔法のことばはありませんよ」。
西日本豪雨の被災地で防災の専門家から飛び出したひと言。

魔法のことばがないなら、日常から積み重ねるしかない…と、このコンテンツは、皆さんに日頃のちょっとした時間に見ていただきたいという思いで作りました。

もしもの時に私たちの情報が皆さんの大切な命を守るために少しでも役に立つことを願っています。

私たち「呼びかけプロジェクト水害班」は、この「防災のポイント」の掲載地域を全国に広げる予定です。これからも各地のNHKアナウンサーと力を合わせながら活動していきます!

アナウンサー 小澤康喬

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