日本で暮らす外国人への情報発信とは?ボリビア在住歴のあるディレクターが考えたこと

「福島に住めば住むほど楽しくなる。大好きになる。人情温かい。」
「福島はもう人生において一番大事なところ。」
「離れるつもりはない。」

とある座談会で出てきたこれらの言葉。
実は、福島に住む外国人たちの思いです。

こんにちは、ドラマ部の小野です。
テレビ、ラジオ、インターネットを通じて、多言語で情報を発信するNHKの国際サービス、NHK WORLD JAPANで『Chatroom Japan』という番組を作っています。

この番組は、日本で暮らす外国の人たち、いわゆる在留外国人が気軽に悩みなどを共有できる場を作りたいと2022年から始まりました。
3分ほどの動画で、悩みを紹介しながら解決策や意見を視聴者に問いかけ、ウェブサイトとSNSでアドバイスやそのほかの悩みなどを募集。そして、寄せられたコメントを元にまた動画を制作…というように、発信するだけでなくコミュニケーションが生まれる場となってほしいという思いから、双方向のやりとりにも力を入れています。

冒頭の座談会も、福島に住む一人の外国人の悩みをきっかけに生まれました。

2023年6月、在留外国人は322万3858人と過去最多を記録。
今後ますます増えることが予測されます。

皆さんにとっては、あまりなじみのない話題かもしれません。
ですが、誰も知り合いがいない環境に行った経験は一度はきっとあるはず。
そんなとき、誰かと悩みを共有したい。心のよりどころを見つけたい。
ふとそんなことを思ったことはないでしょうか。
その思いは日本に住む外国人も同じはずです。
この記事を読んで、少しでも在留外国人が抱える思いや悩みに共感したり、考えたりするきっかけとなればうれしいです。
まずは、そもそもなぜドラマ部の私がNHK WORLD JAPANで仕事をしているのか、そこからお話ししたいと思います。

筆者(左)と番組を担当する川﨑アナ

きっかけはボリビアの原体験

さかのぼること22年。私がはじめて訪れた外国は南米のボリビアのラパス。
小学生だった私は、父の仕事の都合で約3年間住むことになりました。

ウユニ塩湖で弟と

今ではウユニ塩湖がある国として有名になりましたが、当時はどこにある国かすら想像がつきませんでした。
ボリビアの公用語はスペイン語。ラパスは標高3,640mという富士山にも匹敵する高さにある都市です。
(当初は何度も高山病にかかったものの、おかげで持久力がつき、体力テストのシャトルランが得意になりました。)

ラパスの町並み

ラパスに到着してから両親に「英語の学校とスペイン語の学校、どっちに行きたい?」と聞かれました。
“Hello” “Thank you” “Where is the bathroom?”などいくつかのフレーズを知っていたので「英語の学校」と答え、インターナショナルスクールに通うことになりました。
学校では英語、学校外ではスペイン語、家では日本語という思いもよらなかった3言語での生活が始まったのです。

学校のハロウィーン行事 担任の先生と

それまでずっと日本語に囲まれて育った私は英語がわからず、1つ下の学年で入学しました。
英語(日本でいう「国語」)の授業はさらに1つ下の学年で参加。現地の学生についていけるように必死で英語を学びました。

ほかの言語を習得することの大変さ、言いたいことが伝わらないもどかしさ…この時感じたことは大人になっても忘れられません。

一方、私が分かる単語に言い換えてゆっくり話してくれた先生。
ことばが通じなくても私に積極的に声をかけてくれた友人。

こうした多くの支えがあったからこそ、「ことばの壁」はもちろん、孤独感を感じていた私は、少しずつ開放されていったのです。

この恩を返したい、かつての私のように困っている人と支えになってくれる人をつないでいきたいと、自然と思いを抱くようになりました。

日本でも日常生活を送るうえで必要な情報が手に入らず孤独な思い、大変な思いをしている外国人もいるはず。
多種多様なコンテンツを作っているNHKであれば、そうした人々に必要な情報を届け、日本での生活を少しでも快適にする手助けができるのではないか、と思い始めていました。

その後、希望がかないNHKに入局し、配属されたのが金沢局でした。
そこでは、温泉がある地域の魅力を1冊の本にまとめたアメリカ人ライターや、在留外国人と一緒にNPO法人を設立した方などを取材しました。

NPO法人の活動メンバーは、石川県に住む外国人です。
なかには日本国籍を取得した人もおり、日本に来たばかりの外国人の日常生活のサポートや就職支援を行っていました。

NPOに寄せられた在留外国人の悩み相談の内容を伺うと、ちょっとした生活の不便さを感じていることがわかりました。

「バスの乗り換えの方法が分からない」
「英語が通じる病院はあるの?」

生活を始める時の案内や防災に関しては多言語化が進んできていると感じましたが、暮らしの中ではまだまだ進んでいないということを痛感しました。

私が聞いた彼らの声は氷山の一角。もっと役に立つ情報を発信したい。
困ったことがあったら公共メディアであるNHKを使ってほしい。
そう思っていました。

もっと彼らが求めている情報を知り、的確に発信したいと思い、Chatroom Japanの制作を希望しました。

番組を立ち上げた町田PDに聞いてみた

Chatroom Japanを立ち上げたのは入局10年目の町田啓太ディレクターです。
その経緯を町田さんに聞いてみました。

Q1.どうして在留外国人を対象としたChatroom Japanを始めたんですか?
町田さん:
学生時代に東欧で人類学を学んだこともあって、これまでヨーロッパの政治や宗教をテーマにした番組などを制作していました。
2021年に国際放送局に異動し、そこで在留外国人に向けた情報発信に課題があることがわかりました。
さまざまな地域に住み、経済事情や社会的立場も異なる方々がどんな情報を求めているのかわからなかったという点です。
そこで、これまでのように取材者が必要と思う情報を一方的に流すのではなく、ニーズを把握しながら、そこから取材をする。
そしてコンテンツを見た人とチャットなどを通して双方向な対話がしたいと思い、このプロジェクトを立ち上げました。

Q2.サイト上では実際にどのようなチャットがありましたか?
町田さん:
「俳優になるにはどうしたらいいか」という想像の斜め上をいく投稿もあれば、「経済的に苦しい」や「交通が不便でどうにかならないものか」などなど、誰かに打ち明けたくても打ち明けづらい声を届けてくださいました。
そうした声をより広く知ってもらうために実際にいただいたチャットから番組も作りました。
番組を見た方からはこんな感想が。
「これまでの日本の外国人を取り上げた番組とは違う。」
その方いわく、外国人が日本人の助けを得てよりよい暮らしを手にするという一種のお決まりのストーリーテーリングがメディアで目立っていたとのことでした。
何気ないところから始めることで、見る人に共感してもらえたり、出演してくれた方に「同じ思いをしている人がいるとわかって心強い」と思ってもらえたり、在留外国人が見たくなる、アクセスしたくなるメディアになることを目指しています。

Q3.Chatroom Japanで大切にしていることは?
町田さん:
取材をするときにはディレクターとしての関心はいったん捨てて、取材先やコメントをくれた人の関心に乗っかってみます。
目指すは在留外国人向け「探偵!ナイトスクープ」。
気軽に胸の内を投稿してもらえるような、長く支持されるプロジェクトにしたいです。

「どうしたら福島の本当の姿が伝わるのだろう」

以前、Chatroom Japanに出演していただいた方が言っていたことばです。
福島県に住む徐さん。被災した地域への移住を促進する仕事をしています。

福島在住の徐さん

徐さんが福島を知るきっかけとなったのは2010年。日本の大学で学び、帰国前の思い出作りで鉄道旅をしていたときに立ち寄ったのが、秘境駅として知られる福島県のJR赤岩駅でした。ものさびしい雰囲気でしたが、不思議と癒やされたと言います。そして、中国に帰国し、偶然にも知り合いから紹介された職場が上海にある福島県事務所でした。

2011年3月11日、福島出張を終え、新幹線に乗っているとき、東日本大地震が起こりました。仕事があったため、中国へ帰国した徐さん。
中国では原発事故の風評被害が広がっていました。
中国人に福島をPRすることが業務のひとつでしたが、PRどころか、デマを打ち消すことすらできない自分にやりきれない気持ちが募りました。
「なんで福島に自分はいないのだろう。
福島にいれば、復興する様子を世界に発信できるのではないか。」

そこで、2013年に移住し、福島の様子を発信することを決意しました。
しかし、時間が経っても風評被害がなくならない。
その思いをChatroom Japanで語りました。
「いまだに根強い風評被害を感じる。せっかくの福島のイメージがかき消されるんじゃないかって心配していますね。
どうしたらより多くの方に福島の現状をお伝えできるのか。」

そこで私たちはこの悩みについて、実際に福島に住んでいる在留外国人に聞いてみようと座談会を開くことにしました。
福島放送局とも連携し、県の国際課、国際交流協会、自主的に活動している交流団体…さまざまなグループや個人の方に連絡し、10人以上の在留外国人の方と話しました。
福島に住み始めたきっかけや震災・原発事故についてどう受け止めているのかなどをお聞きしました。

一番印象的だったのは、「福島の魅力」について聞いたときです。

「世界一ロマンチックな鉄道がある」

「温泉が最高」

「緑が美しい」

「お祭りが楽しい」

ほかにも、「お米・桃がおいしい」や「人が優しい」など、「福島愛」があふれ出ていました。

たくさんお話を聞いていくなかで、座談会に参加してもらう4人の方が決まりました。

座談会の開催で悩んだのが「どの言語で話すのか?」です。
国籍が違えば、みなさん話す言語も文化的な背景も異なります。
通常のChatroom Japanは、1人の在留外国人に焦点を当てるインタビュー中心の番組なので、その方が一番話しやすい言語で話してもらい、通訳をつけています。
ただ、今回は通訳を介さず、参加者同士で会話をしてほしい。
悩んだすえに辿り着いた共通語が「日本語」でした。

日本語が達者な方が多いものの、話せる度合いはさまざま。
そのため「わからないことがあるときはいつでも聞いてください」、「お互いわからないことがあったら、説明しあってください」と参加者にお願いしました。

参加者それぞれの「福島」

座談会では、福島に住んでいるからこそ話せることを中心に聞きました。

・福島に来たきっかけ
・原発事故や震災についてどう思っているか
・福島の魅力や課題
・福島に住み続けたいか
・福島について伝えたいこと

カメラがまわっている場所で原発事故や震災について話すのは難しいかもしれないと不安に思っていましたが、いざ本番が始まってみると、皆さん、抱えていた思いを次々に吐露してくれました。

城坂さん(中国)
「2001年から福島に住んでいる。震災当時、外に出たら電柱が揺れていた。スーパーの中もめちゃくちゃ。でも限られている資源を買い占める人がいなくて、1人1個ずつ買ったり、後ろの人に譲っていたりして日本人はすばらしかった。子どもだけでもいいから中国に戻ってきてほしいと親に言われ、原発事故後、ここで子育てをすることは悩んだが、何があっても親子一緒にいると決めて、福島で生活することにした。」

アルガさん(インドネシア)
「福島で働くと決まったとき、ネットで福島について検索したら『おばけのまち(ゴーストタウン)』と出てきた。それを見たときはちょっとがっかりしたけど、福島にきたらみんな普通の人だった。」

徐さん(中国)
「上海の福島県事務所で働いているとき、震災後はフェイクニュースが海外で飛び交い、その払拭ふっしょくに追われた。何度自分が説明しても、おばけのまちの写真のほうがインパクトが大きくて、自分の説得力のなさを痛感した。」

エミリーさん(フランス)
「チョルノービリの原発事故があり、国がウソをついたイメージが残っていて、すごい不安があった。でも2018年に初めて旅行で会津に来て普通に生活している人を見て安心して、今は大熊町に住んでいる。これからも離れるつもりはない。」

日本語で会話をしたからこそ出てきた話もありました。

「災害時に使われることばが難しいときがある」という指摘が。
たとえば、「高台に避難!」という呼びかけ。
アルガさんは2019年に技能実習生として来日。
日本語の学習は続けていますが、「高台」は聞いたことがありませんでした。
「高いところに逃げて!」と言われたら、わかるとアルガさんは言っていました。

そして話題は「福島をどう伝えていくか」へ。

城坂さん(中国)
「親や友達からデマの情報が送られてきても『これうそです、信用しないで』ってそればっかり言っている。結局私たちはここで普通に生活しているから、噂より自分で見てほしい。」

エミリーさん(フランス)
「きれいな風景とか温泉に入っている赤べことかをみて『きれいな景色だなあ』『おもしろいイラスト!』と笑ってほしい。やっぱりポジティブな気持ちにさせたい。」

徐さん(中国)
「今までもこれからも自分が福島にいることが、やがてひとつの科学的データになるんじゃないかと思う。福島は安全であるという結論を導けるのであれば、それが自分の本望。」

参加者同士の会話も弾み、気づけば3時間が経っていました。
座談会が終わったあと、参加者の1人からお礼のメールが届きました。

「まわりの日本人にも同じ国籍の方にも、震災や原発事故のことは聞きにくかった。今回震災当時の話を聞けてとても勉強になった。」

そして番組放送後には、視聴者からこのようなコメントがありました。

「何回か福島に行ったことあるけど、座談会で話していたように福島の人はスーパーフレンドリーだった」
「2024年に日本に旅行したときに訪れたい場所の1つに福島を入れているよ」

ほかにも、
「福島の人々が進歩し、快適な生活を送ろうとしているのを見るのはすばらしいことだ」
「シェアしてくれてありがとう。あの地域はまだ復興が続いているんだね」

などのメッセージも届きました。

今回の福島編(#14: My Life in Fukushima)はこちらからご覧いただけます。
ぜひ4人の生の声を聞き、チャットやコメントも寄せていただけるとうれしいです。

目指すのは“心のよりどころ”

私がChatroom Japanを作って感じたのは、みなさん伝えたいことを内に秘めているということでした。
日本での生活について聞くと、「満足している」「楽しい」とポジティブなことを言ってくれます。
私も外国にいるときに現地の方に「生活どう?困ってることない?」と聞かれたときは「楽しいです!大丈夫です!」と答えていました。
しかし、「バスや地下鉄の乗り換えアプリがあれば知りたい」「柔らかいパンが買えるお店を知りたい」など本当は思っていたのです。

「声を大にしていうほどでもない…」
こうしたことを言える場があればと思っていました。
私はChatroom Japanが心の声を遠慮なくシェアし、解決できるプラットフォームにしたいと思っています。
このサイトに来たら、誰かがいるといった心のよりどころになれたらうれしいです。

もし今孤独を感じていたら、困っていたら…
Chatroom Japanに思いを聞かせてください。
そして、日本人の方でも聞いてみたいことなどあれば投稿してください。
あなたの声を、お待ちしています!

▶︎ Chatroom Japan 公式サイトはこちら

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