これまでの街歩き

鎮遠/ 中国

2014年8月26日(火) 初回放送

語り:原田知世

撮影時期:2014年5月

世界地図

地図

場所

 鎮遠は、中国西南地方にある貴州省東部に位置します。インドやミャンマーから鎮遠まで馬でスズや銅を運び、船に乗り換え長江に出て、遥か上海まで続く交易ルートの要衝として古くから栄えました。川辺には税関跡や米の積み下ろし場の跡など、船が主な移動手段だった名残が保存されています。 また明代には、西南地方を支配する拠点として軍事的に重要視されたため、城壁が残っています。旧市街では古民居や石畳の通りも保存され、すぐそばに迫る山には遊歩道が整備されて軽いハイキングも楽しめるため、観光地として人気です。老後をのんびり過ごしたいと、近隣から移り住む人も増えています。
 ゆったりと流れる川の両岸に広がる、風光明美な街です。

Information

鎮遠の歴史

 20世紀初頭まで、交通の要衝として栄えた鎮遠。インドやミャンマーから鎮遠までの約3千キロは馬で運び、鎮遠で船に乗り換え長江に出て遥か上海まで行き来していました。清代は川下から米や塩、陶磁器や絹を運び、鎮遠からは銅やすず、お茶などを運びました。もともとはミャオ族やトン族が暮らす村だった鎮遠。同ルートから漢族も入り、土地を巡って対立が起きました。また約750年前には、明は西南地方を支配する拠点として鎮遠を重視。多くの軍人を送り込み、家族も鎮遠に住むと職人、商人も移住し、漢族が急増。山奥の小さな町が、貴州省の要衝となったのです。
 争いが絶えなかった鎮遠も、今はさまざまな民族が一緒に暮らす穏やかな街です。

食べ歩きグルメ

街歩きしながら手軽に楽しめるご当地の味を、厳選してご紹介!

 今回紹介してくれるのは、毎日殆どお昼は外食だという小学2年生、成宝锴くん。鎮遠は学校の昼休みが2時間あって、外出は自由。街の食堂で昼食をとる子も多いのです。
 リーズナブルでおいしいという、行きつけのお店を案内してくれました。

酸湯魚(川魚の唐辛子鍋)

唐辛子味噌の真っ赤なスープに、地元の川で獲れるナマズの1種“角角魚”を入れた鍋。パクチーやトマト、しょうがや白菜、黒春雨に豆腐…好きな材料をたっぷり入れて煮込みます。夏の夜は川辺の遊歩道に「酸湯魚」を食べさせる店が並びます。仲間や家族と食事する時は「酸湯魚」。イチオシの絶品です。

くん製肉とドクダミ炒め

鎮遠ではどの家でも豚肉をくん製にして軒先に吊るします。スライスしたくん製肉と炒め合わせるのはドクダミの根っこ。「漢方薬にも使われるドクダミは、病気予防になるからよく食べなさい」と、子どもたちはいつも母親に言い聞かされています。ちょっと癖があるけど栄養満点のメニューです。

青菜と灰のビーフン

青菜を混ぜた緑色のビーフンは、鎮遠名物。3~4分ゆで、山椒(さんしょう)、ラー油、醤油(しょうゆ)や塩こしょうで味付けしたスープに入れて、出来上がり!シイタケ、煮卵や卵焼き、豆腐などをトッピングすれば栄養たっぷりです。モチモチした食感の秘密は、製麺の際つなぎに入れた松の灰。必ず試してほしい一品です。

ちょっとより道

街からちょっと足をのばして、イチ押しの観光スポットを訪ねます!

ミャオ族の伝統受け継ぐ村 施洞
語り:パパイヤ鈴木

 鎮遠からタクシーで山を越え約1時間、ミャオ族の伝統を受け継ぐ村、施洞(しどう)に到着します。コンクリートの建物が並ぶ大通り。伝統が残っているのか最初は不安になりますが、1つ路地に入ると刺しゅう糸や銀の装身具の定期市が開かれていて、民族衣装に身を包んだ女性たちが熱心に買い物していました。住宅街に入ると、路上で刺しゅうをする女性たちが…。龍と人の少しユーモラスなデザインに取り組んでいました。聞くと、祭りで着る特別な衣装なのだそうです。
 更に路地を奥に進むと、銀細工の会社を営む家族が、庭先で「蝶々(ちょうちょ)ママ」を作っていました。言い伝えでは、ミャオ族は蝶々から生まれたのだそうです。繊細な作業に見入っていると、娘さんが壮麗な花嫁衣装を着て見せてくれました。幼い頃からお父さんが1つ1つ作りためて来たもので、花嫁姿を見た時は本当にうれしかったと語ってくれました。

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