ドラマ10「大奥」“放送尺ちょうど”を目指す、筋肉質な脚本作り/脚本家・森下佳子

初めてよしながふみさんのコミック『大奥』を読んだのは10年以上前のことでした。
キャラクターひとりひとりに血肉が通っていて、まず、ヒューマンドラマとしてすばらしい。そのうえ、ジャンルとしてはSF時代劇。それが要所要所はかなり史実とリンクする形でくくられている。とにかくものすごい離れ業が信じられない完成度でまとめあげられていることに驚きました。

「どうすればこんな物が作れるのか。言うまでもないが、私には一生かけても作れまい!」
そんなワケで、この作品がこの世に存在して、それを楽しめることをただただ「ありがたし」と手を合わせていたのでした。そんなところに当時ドラマ10の編集長をやっていた岡本幸江さん(『ごちそうさん』『おんな城主 直虎』でご一緒)と「今どんなドラマをやったらいいもんかねぇ」と雑談する機会があったのでした。

ドラマ10なので1日の終わりに近い時間にどちらかというと女性が観るものを想定。「何を見たい?」「疲れないものがいいよね」「でもちょっと考えさせられる部分もあるような」……ってなことをああでもないこうでもないと話し、私もさしてビッと刺さるようなアイデアも出せず……。で、
「よしながふみさんの『大奥』、今やったら面白いんじゃない?完結したし」
みたいなことを、ポロッと言ったのでした。ちょうど読み終えて、その結末に感動しまくっていたのもあって……。

経緯を考えると、なんで、そこで『大奥』……。
1日の終わりに、こんなキツい、頭がグルグルしちゃって寝られなくなっちゃうようなものを……。「よしこ、話聞いてた!?」って感じなんですが、まぁ、とにかく言ったワケにございます。

そのときに岡本さん、確か言ったんですよ。
「そうですか。ここで『大奥』が出てきますか」って、ちょっとドラマチックな感じで。
で、実は……と、岡本さんもお好きでその昔『大奥』をドラマ化しようとしたことをお聞きし、「ええーっ!」と。その後は2人でひとしきり「あそこが好き」「あそこがすごい!」とオタクトークをして別れたのでした。
(岡本さんも『大奥』の企画を温めていました。そのことについては岡本さんの記事をご覧ください)

けど、それから結構、本当に随分音沙汰もなく……。連絡があっても別の話だったりで、私もポロッと言ったことも半ば忘れていたのでした。それが、ある日突然、「よしながさんのご了承いただけるかも。森下さんやりますよね。(あの流れでやらないとかあり得ないですよね←ここは岡本さんの心の声です)。もうやるって言っちゃいましたから!」と、豪速球なメールをいただきまして、台本を担当させていただく運びとなったのでした。

大好きな原作を扱わせていただける。「いい仕事だねー。脚本家って!」と言われそうなお話で。ええ、ホントそれはその通りなのですが、具体的に何をするかと言えば、それは、よしながふみさんが17年間かけて紡いできた壮大なストーリーを、全21回の放送に濃縮するということ。1回の放送尺45分(一部のぞく)の中で、いかに『大奥』ファンの期待を裏切らない内容にできるか、それが私のミッションとなるわけです。「入れろと言われれば入れる」のが私の仕事。やりますが、一筋縄ではいかなさそう。しかし、「いち大奥ファン」として、できるだけのことはしたい。

そんなこんなで私史上最も過酷な「尺」との戦いが始まったのでした。

森下 佳子(もりした よしこ)
2000年以来、多数のテレビドラマや映画の脚本を執筆している。代表作に、「世界の中心で、愛を叫ぶ」(2004/TBS)、「JIN -仁-」(2009,2011/TBS)など。NHKでは連続テレビ小説「ごちそうさん」(2013/向田邦子賞・橋田賞を受賞)や大河ドラマ「おんな城主 直虎」(2017)を手掛けたほか、2025年の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の脚本に向け動き出している。

放送尺との戦いの火ぶたが切られる
枝葉を“ひっぺがして”幹だけにする

とりあえず、とても全ては収まらない。まずはどの将軍を扱うのか。そこを決めました。そのうえで、扱う部分に関してのメインの大きな流れをつかみ出します。ざっくりいうと、主人公はどういう状態に置かれていて、そこにどんな出会いがあって、どういうふうに変化して、どういう結末を迎えるか。これが幹になるお話です。そうして、この幹から伸びたり絡みついたりしている枝葉について、幹の話を語るうえでどうしても必要、なくてもなんとかつながるものか、というふうに整理をしていきます。

そんな作業をしながら1話1話をあらすじ原稿に起こしていくと、『大奥』はかなりサイドストーリーが多いのが特徴だと感じました。メインで展開される物語ばかりでなく、登場人物のそれぞれのバックボーン、ここに至るまでの来し方が、それこそスピンオフが成立するレベルで設定されているのですよね。この構造がより深い感動をもたらしているのです……。

ですが、まことにもったいないことこのうえないのですが、尺の内になんとかメインストーリーを収めるべく、このバックボーンはかなりカッツさせていただきました。例えば「医療編」では源内、青沼、黒木、伊兵衛、全てにバックボーンのエピソードがあるのですが、これで泣く泣く優先順位をつけるわけです。黒木はある種目線にもなる人なのでどうしても切りにくい。でも、伊兵衛は性格設定だけに絞らせてもらおう。「ごめん!伊兵衛!」という塩梅あんばいです。瀧山や正弘、胤篤、和宮にも、「もう本当に申し訳ない!」と思いながら、かなりキュッとさせてもらいました。そして、この方に申し訳ないと思うのもどうかなのですが、治済もその一人です。治済の空恐ろしい少女期のエピソード、あの冷静極まりない虚無、読んでいてゾクゾクしたのですが……これもカッツさせてもらいました。よしながさんは長編もお見事ですが実は短編の名手でもいらっしゃるので、本当にどれもこれも「もったいない」としか言いようがないのですけど……(涙)。

そのほかにも、原作の『大奥』では重ねることで説得力を増す手法もよく使われていて、例えば、家定の偏食のエピソード、正弘と仲良くなるエピ、家茂と和宮が仲良くなるエピ、和宮が和宮の母と離別するエピも、本当はもっとシーンがたくさん重ねられているんです。そこで表現されるキャラクター同士の関係の変化がとてもいとおしいのですが、コレも「もったいないが、仕方がない!」です。
こういうところは3回を2回に、1回にキュッとまとめる作業をしました。

また、幕末は特に、勝 海舟や西郷さんなど、歴史上で有名な人が絡んできて、原作ではかなり細かく書き込まれているんです。それもそれぞれ個性的に。ですが、「これはあくまで『大奥』という物語であって、幕末の政治家たちの物語ではない」と自分に言い聞かせ、コンパクトにしていきました。

こういうさまざまな枝葉を心を鬼にしてひっぺがし、ひっぺがした跡ができるだけ気にならないように、なんとか幹となるメインのストーリーを整備していくのが、『大奥』における私の一番大きな仕事、いや、ほぼ全てだったと思います。でもね、そもそも原作ファンでもあるわけで、そこはなかなか切ないというか……四六時中「もったいねぇ」「ああもったいねぇ」という心持ちでした。藤並Pもどこかでおっしゃってましたが、「原作はフルコース、脚本は折り詰め弁当」です。
仕事人としては「それはどうか」なのかもしれませんが、いちファンとしては、ぜひ、フルコースを堪能して!と、言いたいです。言っちゃってますけど(笑)。

枝と葉を、元と違う場所にひっつけていく

また、幹だけにするために刈りこんだ枝葉を、原作とは違う場所に“ひっつける”こともちょこちょこしました。

例えば、第20回で、家茂が亡くなったと分かった直後、和宮が家茂の忘れ形見として打ち掛けを受け取るこのシーン。

Season2 第20回 台本より

原作ではこのシーンは打ち掛けを見て、詠嘆するんです。ただ、原作では本当はここに至るまでに和宮が家茂の買ってきたうちきを着るという前段がすでにあるのです。で、私、そこをうまく流れの中に入れ込むことができなくて。でも、少女2人がこっそりおしゃれパーティーをするみたいな発想がすごく親近感あって、好きで。多少アレンジをして、ここで着るという形にさせてもらいました。

Season2 第20回 台本より

ほかにも、落ちてしまった枝葉のエッセンスを、「このシーンに入れ込めないか」「このニュアンスをここで表現できないか」など、いろいろと小細工をして回りました。

時代劇ディレクターたちの力を借り、筋肉質な脚本を作る

ちなみにこの打ち掛けの場面では、ディレクターさんのアドバイスが脚本に反映されました。

私は、打ち掛けを肩にかけるのは洋服のようにパッとできると想像してしまっていたのですが、ディレクターさんは実際に打ち掛けを扱ってきています。「そんなに簡単には着られなくて、こうなっちゃうの。お手伝いがいるの!」と教えてくれたんです。私がふだん勢いで書いてしまっている小道具や人の動きについて、「こう持ってこう動く」と具体的に説明してもらえたことで、省けない所作が明確になりとても助かりました。

Season2 第20回 台本より

実は今回の『大奥』では、ディレクターやプロデューサーと入念に打ち合わせをしてから、脚本作りに臨みました。しかも、担当回でないディレクターまで総出です(通常はある程度固まるまではプロデューサーだけのことが多いのです)。 これまで脚本を作ってきた中で、初めてのことでした。 書き手や、局、企画によってやり方は違えども、この方式はなかなか珍しいのではないでしょうか。 

この形になったのは、プロデューサーやディレクターなどの制作陣と私がコンセンサスを初めから取ることで、原作のエッセンスをより丁寧に映像化するためです。45分という限られた時間のなかで、どこに力を入れるか、どこをショートカットできるか話し合いました。例えば、「こういうロケーションの中でセリフを入れると、説明がグッと省ける!」などのアドバイスは、尺を最大限有効活用するためにとても役立ちました。机上の作業をする身からは出てこない発想は素直にありがたかったです。

どの作品でもこの大人数で卓を囲む方法が良いのか?と聞かれるとそうとは言い切れない部分もあるのですが、今回に関しては「揺るぎない原作」があって、「尺」という共通のハードルがあったので、とても具体的で建設的な議論ができたと思います。

こうしたやりとりのおかげで、できあがった脚本はもう脂肪なんて無いくらい、ものすごく筋肉質なものになったんです。そんな経緯なものですから、脚本を書き終えてからは安心して、前もって送っていただけるモノも見ませんという状態(笑)。「現場で皆さんがどんなものを生み出してくれるのかな」と、視聴者の皆さんと一緒にわくわくしながら放送日を待っています。

“大きな幹”がある撮影現場
収録現場で、例えば出演者の皆さんがお芝居における感情の方向性などで悩みが生じた場合、脚本打ち合わせで共有した“大きな幹”に立ち戻りながら、お芝居を調整したり、議論したりできたので、自信を持ってどのシーンも臨むことができました。
出演者の皆さんも、脚本からよしながさんと森下さんの思いが伝わり、プレッシャーがありながらもひとりひとりがやりがいを持ちつつ、楽しそうに演じていらっしゃったのが印象的でした。
「演じなくても自然と感情があふれてくる」という出演者も多く、森下さんの脚本のすごさだと思いました。
(プロデューサー 舩田遼介 談)

最後に

素朴に思うのは、将軍や老中たちを演じた女性の役者さんたちは、「女性に生まれた以上、将軍や老中を演じられるのはこの1回限り」と思って、臨んだ方がほとんどなのではないかということ。もちろん、男性の役者さんも御台所やお腹さまや大奥総取締なんて通常の設定では絶対演じないだろうし。そこに皆さん、魅力を感じられたのではないでしょうか。今後、こういう男女逆転のSFものが作られない限り、2回目はまずないでしょうから。役者さんが「自分の役」を理解して愛して楽しんでいる様子が、バシバシ伝わってきました。でも、女性で女性の役を、男性で男性の役を演じてくださった皆さんもそれぞれすばらしかったので、それ「だけ」が理由というわけではないでしょうが、このドラマが熱を持てた理由の一つとしてはあったんじゃないかなぁと思います。

そうして出来上がったものを見て、改めてお芝居ってどこまで行けるのか未知数、なんて興味深いものなのだろうかと感じました。セリフや表情、所作まではある程度の想像ができるのですが、『大奥』では「それどないな仕組みになってますの?」というものをたくさん見せていただきました。仲間さんの興奮してどんどん濡ぬれていく目とか、安達さんの本当に微妙〜に小刻みに揺れてる口元とか、蓮佛さんの真っ赤になっていく首とか……。私には予測不可能な「そんな部分でも演技ってできるもんですか!?」というお芝居をたくさん見せていただいたドラマでもありました。しかも、それを時代劇というたいへんに手間がかかる、いちいちやることの多いドラマの中で、です。

それができたのは『大奥』には、時代劇が好きでこれまで経験を積んできた人たちがたくさんいる現場だったからだと思います。時代劇ならではの小道具や所作など、制作チームにその知識の蓄積があったおかげで、役者さんもお芝居に存分に集中でき、私が描いた以上に奥深いドラマを作り上げることができたと感じています。そうそう、実は私が担当することになった2025年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』は同じ制作チームで手がけるんです。こちらはまずは市井を中心に話が展開していきますので、世界も味わいもまた違うものになると思いますが、よろしければも「コレもご縁!」と引き続き見守っていただけるとたいへんうれしいです。

さて、次回は『大奥』の最終回。その長い長い歴史についに幕が下ろされることとなります。その始まりから終わりまで私たちは見届けることになるのですよね。そして新たな時代の始まりを目撃する……。その瞬間、皆様の心によぎる思い、抱く感慨。それこそが私たちが何とかかんとかこの壮大な『大奥』という物語を駆け抜けた意味となるのではないかと思っています。どうかそれが皆様にとって価値のあるものとなりますように。そして、21時間をかけていただいての長のお付き合い、本当にありがとうございました。
まだ、終わってないけどね!!

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