車大好きなわたしが職場で電気自動車を導入しようとしてみたら

「あなたのところは、どんな環境対策をしているんですか?」

訪問先のお客様からこんな質問をされることが多くなってきました。
以前から、仕事先の企業で環境対策に取り組んでいる様子をたびたび目にしていたので、企業が環境対策に力を入れ始めていることは知っていました。
しかし、いざ自分の組織のことを聞かれると、なんて答えればいいのか分からない…。
質問を受けるたびに、明確に答えられない自分に恥ずかしさや後ろめたさを感じていました。そんな環境に対する知識も経験もゼロだった私が一念発起し、組織内の環境対策を調べ、さらにみずからも取り組んだ、挑戦と挫折と喜びの1年をお話ししたいと思います。

答えられない後ろめたさ

筆者

NHK宇都宮放送局の井上啓史です。ふだんは、受信料関連のお客様対応や、地域のみなさまにNHKの番組やコンテンツを紹介し、NHKの活動や役割などを理解してもらうための仕事をしています。対象は個人のお客様だけではなく、事業所や自治体など多岐にわたっています。

その際、もともと人の話を聞くことが好きな私は時間が許せば訪問先の方々とお話しする機会を作るようにしています。なかにはありがたいことにNHKの番組について感想を聞かせていただくこともあります。
NHKはSDGsや環境問題をテーマにした番組も放送しているので、必然とそうした話題も出てきます。

そんな時によく聞かれるのが、冒頭の「NHKの環境対策は?」といった質問です。
この質問が出る背景には、環境対策に取り組む企業が増えていることがあると感じています。企業の大小にかかわらず、ここ数年で本当に増えてきていると感じていました。

そうしたこともあり、環境問題を報道しているNHKがどのような取り組みをしているのか、あるいは先進的な対策をしているのではないか、そんな率直な疑問を持たれるのだと思います。

一念発起、立ち上がる

しかし、当時の私には、その質問に答えるための十分な知識はありませんでした。

もちろん、環境のことを考えていなかったわけではありません。カンキョウ、ダイジ。
放送センターの壁に節電を促すシールが貼ってあること、エレベーターではなく階段の利用を推奨されていること、局内の電灯の多くがLEDになっていること、などなど…。

節電を呼び掛ける掲示

ただ、私に話ができるのはその程度のことでしかなく、先方が期待していたであろう回答を提供することができませんでした。

そんなことが続いていた去年、NHKのイントラサイトで、ある知らせを目にしました。

「環境経営タスクフォース」(以下「TF」)なるもののメンバー募集です。

環境という言葉が気になって募集要項を詳しく見てみると、「視聴者に訴えるだけでなく、私たち自身も実践するプロジェクトです」と書かれていました。
NHK自身が組織としての環境対策に力を入れていくため、環境経営に参加する職員を募集していたのです。

このチームに参加すれば、環境のことを知ることができる。私は「これだ!」と思いました。

ただ、参加したいと思う一方で、もともと、私は新しいことにチャレンジするのが得意ではありません。

日常業務に加えて、TFに参加することで新たに発生する業務。勤務上の配慮はしてもらえるとはいえ、果たして両立できるのかといった不安。
何より、知識も経験もない“環境ド素人”の私が参加してもよいのだろうか…。

あれこれ思い悩みましたが、自分もそろそろ社会人10年目。
これまでとはまったく違うことに挑戦してみたいと思うようになっていた私は、思い切ってTFに応募することにしました。

“ド素人”の私が推進役に!?

TFに入るためには、書類選考とオンライン面接を通過しなければなりません。
およそ1か月におよぶ選考を経て、なんとかメンバーの一員に選ばれることができました。

そして、初めての顔合わせ。
全国から集まったメンバーの中には、環境問題・環境経営に詳しい職員や熱い思いをもった職員が多く、おのずと活動への期待感も高まります。

一方で環境経営についてあまりに無知だった私は、まずは他企業が取り組んでいる環境経営を調べ、知見を集めることから始めることにしました。

そこで、さまざまな企業が真剣に環境経営に向き合っていること、環境経営への取り組みが株主や投資家からの評価の一つとなっていることを知り、「そりゃ、NHKの環境経営についても質問されるよな」と納得しました。

調査を進めるうちに、企業や政府・自治体の取り組みの中に「※電動車の導入」が多く含まれていることに気が付きました。

※電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、ハイブリッド車(HV)など、動力源に電気を使う自動車の総称。ガソリン車に比べて二酸化炭素(CO2)の排出量が少ない。

もともと私は車が好きで、日ごろから暇さえあれば自動車メーカーの電子カタログを読み、モータージャーナリストの試乗レビュー動画を見ていました。
それを知ってか知らずか、TFの上司から「営業車両の電気自動車導入、やってみない?」とお誘いを受けることに。

そんなこんなで、ド素人だった私が「地域放送局初の電気自動車導入」の推進役を任されることが決まりました。

ミッションは、電気自動車によって環境負荷がどれくらい減るのか、費用対効果はどうなのかといったことを調べること。そのために、まずは自分の職場でガソリン車のリース契約を電気自動車に切り替え、効果をみたうえで全国に広げていこうというものです。
この時は、大好きな車関連ということもあり、楽しみでワクワクしていたのを覚えています。

立ちはだかる壁とコンセント

全国の放送局で初めてとなる電気自動車の導入。
しかし、実現に向けて動き出した途端、壁にぶつかりました。
当たり前のことですが、電気自動車は充電をしなくては走りません。
運よく、職場の駐車場横にコンセントがあったため、そこから電源をとればいいと考え、工事業者の方に下見と見積もりをお願いしました。

ところが、回答はまったく想定外のものでした。
「電気自動車はこのコンセントからじゃ充電できないよ。工事して電源から線を引っ張って専用のコンセントつけなきゃ。電気自動車は単相200Vの電源が必要だけど、宇都宮局の電源は三相三線だからまずは空き電源を探さないとね。電圧が……」

(左:駐車場にあったコンセント 右:電気自動車用のコンセント)

そう、私は一般家庭にある、いわゆる“普通のコンセント”で電気自動車を充電しようとしていたのです。そしてそれは不可能であることを初めて知りました。
自動車は好きでも、電気自動車については、当時はそれくらい無知でした。

ただそれ以上に問題だったのが、工事業者の方の説明を半分も理解できなかったことです。タンソウ?、サンソウサンセン?、200V?、電圧?聞いたことがあるような言葉でも、正確な意味が分かりません。

学生時代、ラグビーに明け暮れ、どちらかというと授業よりラグビーに情熱を燃やしていた私にとって、この手の話はどうしても苦手意識が強く、何から調べたらいいのかすらわかりませんでした。
さらにもうひとつの問題が、工事が必要なのに工事の発注経験がないことです。
分からないことだらけで、途方に暮れてしまいました。

とはいえ、もとはといえば自分の意志で参加したTF。わからないことを理由にあきらめるわけにはいきません。
幸いなことに、人に話を聞くことは好きでした。仕事を通じて、お客様から話を聞くことで自身の知識や視野が広がることを経験してきたからです。
手始めに電源や工事のことに詳しいという技術部の職員に教えを請うことにしました。
その人は、ふだんは放送機器などの設備管理をしているのですが、事情を話すと、快く相談に乗ってくれ、しかも工事業者とも顔見知りとのことで、打合せをする際には毎回、立ち会ってもらえることになりました。今思えば図々ずうずうしいお願いをしていたものだと反省しています。

この助けがなければ最初のステップで電気自動車の導入を諦めていたかもしれません。

見えてきた希望、強まる焦燥感

電気自動車の導入を実現するためにはクリアするべきハードルがいくつかありました。

①充電設備に使う電源を確保する
②充電設備の設置工事許可を取る
③設置工事の予算を確保する
④全国の営業車両の電動車化推進の許可をとる
⑤第一弾として宇都宮放送局での電気自動車試験導入の許可をとる

充電設備と電気自動車はセットで使うものなので、「充電設備を設置したけれど、電気自動車の納車は一年後」などとするわけにはいきません。そのために、それぞれのハードルを順番に越えるのではなく、①~⑤のハードルを同時に越える必要がありました。

①は先述の技術部の職員に協力をしてもらい、必要な電源容量や配線ルートを調査するなどして、何とか電源供給の算段がつきました。そのほかの項目については、職場のトップである宇都宮放送局の局長に掛け合ったところ、②と⑤の許可をもらうことができました。

ただし、宇都宮放送局には工事などのための予算がないので、捻出することができないとのこと。
みなさまからいただいた大切な受信料を使わせていただくので、審査は厳しくて当然です。ただ、一般的にガソリン車に比べ、燃料代も安くなり、環境への負荷も低くなるのであれば、視聴者のみなさまにもご納得いただけると信じ、次は渋谷にある本部の担当部署に対しプレゼンを行うことにしました。

本部で許可が得られれば、すべてのハードルを一気に越えて、電気自動車の導入に大きく前進することができるチャンスでもあります。

TFの仲間に助言をもらいながらプレゼンの資料を作りこみ、万全の準備をして、いざプレゼンへ。
慣れないプレゼンに苦戦しながらも反応は上々に感じました。「時代の流れに合わせて、良いことはどんどん進めるべき」といった意見も出ました。

④の許可を取ることができ、あとは充電設備工事の予算について承認を得るだけとなりました。
早速、本部の別部署に提案するための準備に取り掛かった矢先、TFに参加するかどうか迷う理由になった懸念が現実のものになってしまいます。

本来の日常業務とTFの業務のバランスが取れなくなってしまったのです。 異動期を挟み、所属部署全体の取りまとめ役としての業務を与えられるようになりました。
最初は慣れないながらもなんとかそれぞれの業務を両立していたのですが、段々と業務量が増え、ついにはTFの業務をストップせざるをえなくなってしまいました。
TFは1年という期限付きの活動のため、焦りは募るばかり。
このままでは、何も実現しないまま終わってしまう。

メンバー同士のチャットでのやり取り

TFのメンバーが取り組みの成果をオンライン上のチャットで報告するのを目にするたびに焦燥感が強くなっていきました。

生きたラグビー経験 最後は気持ちで

それから2か月ほどが経ち、新たに任された仕事も要領をつかむことができると、少し余裕ができ始めました。
それでもまだ2つの業務をきちんとこなせるのか、職場に迷惑をかけないか、不安は残っていました。 ただ、これまで協力してくれた人たちを裏切りたくはないという気持ちが強く、TFの活動を再スタートさせることを決心しました。

「自分で決めたからには、全部やる!」

きっと今までの自分だったら諦めていたかもしれないと思いながらTFの上司に再開を宣言しました。
2度目の本部へのプレゼンを準備する中で、改めて電気自動車を導入する意味について考えていました。
なぜ、電気自動車を導入したいと思ったのか、誰のためのものなのか…。
資料を作り、TFの仲間に見てもらい、修正する。
これを繰り返す過程で、あるメンバーから、「理屈も大切だけど、もっと井上さんの熱意を伝えた方がいいよ!」とアドバイスを受けました。
そうだ、やっぱり最後は“気持ち”だ!ここでようやく生きたラガーマン的発想!
パッション重視の提案が自分の性に合っていたのか、それからは資料作成も順調に進むようになりました。

オンラインでのプレゼンの様子

本番では、みずからの熱意を前面に打ち出したプレゼンを展開。

活動をはじめた時からわからないことだらけだったこと、TF内外のいろいろな人に助けてもらったことなど、これまでの苦労や取り組みの意義など、思いをすべて込めて素直に伝えました。

客観的に見れば理屈が通っているとは言えない説明だったかもしれません。
それでもパッションが通じたのか、とても好意的に受け取ってもらい、予算も含めて取り組みをすすめる許可を得ることができました。

そこからは無我夢中で取り組んできました。
もちろん、まだ分からないことだらけで、たくさんの人たちの助けも借りながら。

そして、ようやく始まった工事。簡単なものなので、立ち会わなくていいと言われたけれど、それでも立ち会いました。うれしかったんです。ようやく動き出したその瞬間を、自分の目で見ておきたかったのです。

工事の開始と並行して電気自動車のリース契約の入札も進めました。
ちょうどそのタイミングで、条件に合致する車種がマイナーチェンジをすることになり、リース会社から在庫の確保が難しいかもしれないと連絡を受けることもありましたが、なんとか無事に調達を終え車両を確保することができました。
充電設備の設置工事と車両の確保、両方の準備が完了し、あとは納車を待つだけとなりました。

ついに実現 そして感動

充電中の電気自動車

TFの業務を再スタートしてから5か月、ついに電気自動車が納車されました。
実際に電気自動車を見て感動、操作説明を受けては感動、「一番乗りは譲れない!」と職場の周りを一周してまた感動。ひたすら感動しっぱなしでした。
すぐに同僚たちにも報告。「思っていたよりカッコいい!」「すごく静か!」「これで外勤いきたい!」と好評を得ることができました。
もちろん、たくさん助けてもらった技術部の職員には納車後、最初に報告をしました。

自身の取り組みがひとつ形になったことがとてもうれしく、オンラインで行われるTFの定例会では、中継スタイルで電気自動車を画面に映しながら報告をしました。
みんな一緒になって喜んでくれ、温かくねぎらってもらうことができ、ようやく自分もチームの一員になれたような気がしました。

何度も挫折しそうになりながら、こうして宇都宮放送局に電気自動車を導入するミッションは達成されました。

一人ではなく、仲間の力で

TFのメンバーたち(中央が筆者)

ことし6月で私の環境経営タスクフォースの任期はひとまず、終了となりました。
ほかのメンバーの成果を見てもそれぞれの熱い思いが伝わってくるものが多くありました。

再生可能エネルギーの導入や、番組制作におけるCO2排出量測定トライアル、プラスチックごみ削減に向けた活動、NHKが目指すべき環境経営の方向性の検討など、この一年間でTFがまいた“種”はどれも今後のNHKの環境経営の基礎になりえるのではないかと思っています。

もちろん、まだまだNHKの環境経営には課題も多くあります。TFが検討したことを実現するためには、今回私が経験したハードルより、一段と高いものも少なくありません。
だけど、誰かが声を上げて、動き出さなければ何も変わらない。
そして声を上げれば、一緒に取り組んでくれる仲間が増え、大きな動きになっていくのではないでしょうか。

今回、TFが行った活動も一人では実現できなかったことばかりでした。 さまざまな部署からさまざまなメンバーが集まり力を合わせ、同じ方向を向くことで大きな成果につなげることができたのだと実感しています。
私自身、一人だったら絶対に工事業者と交渉なんてできなかったし、業務の両立に思い悩んでいた状況から抜け出せなかったように思います。

最初は「お客様との会話で”引き出し”が増えればいいなあ」くらいの軽い気持ちで参加したTFでしたが、この一年想像以上にとても刺激的で楽しくて、参加して良かったと心の底から思っています。

少しだけ胸を張って

社会の“環境”に対する関心・意識は確実に高まっています。
ただ、日頃の業務に環境対策を織り込んでいくことは、余計な手間がかかるのではないか?業務に支障が出るのはないか?と不安に思う人もいて、なかなか浸透しづらいのが現状ではないでしょうか。

関心はあっても何をしていいかわからない人も多いと思います。とくに会社など組織としての取り組みとなると、なおさら何から始めたらいいかわからないかもしれません。私がそうであったように。

それでも大切なことはまずはやってみる、動き出すということではないかと感じています。
うまくいかずに後悔することもあるかもしれません。でも、何もやらないで後悔するよりはいいと思っています。たとえ失敗したとしても次に生かせるものが、きっと手に入ると思うからです。

NHKは公共放送、公共メディアとして、環境問題を放送するだけでなく、自分たち自身が環境への取り組みを一層進めていくことが求められています。そのためには、私を含めて一人一人が意識を変えていかなければなりません。
その一歩として、もし次に訪問先の企業の方に「NHKは環境対策としてどんなことをしているの?」と聞かれたら、少しだけ胸を張って答えたいと思います。それだけでなくお相手の話も聞かせていただき、自分たちの活動に生かしていきたいと考えています。

宇都宮放送局 経営管理企画センター開発推進グループ 井上啓史

2012年入局。入局時より視聴者対応や、ケーブルテレビ会社・自治体・事業所など外部対応を担当。
環境経営タスクフォースでは電気自動車の導入や国内の環境経営先進企業からの知見の収集・事業所への視察を担当。
好きな番組は「岩合光昭の世界ネコ歩き」、「びじゅチューン!」
8月1日から福井放送局に勤務。

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