場を共にし、つながりを紡ぐ触媒として 〜介護現場とテレビ〜

六車由実(デイサービスすまいるほーむ管理者・生活相談員)

「きのう何みてた?」は、さまざまな書き手が多様な視点から番組をレビューするコーナーです。
高齢者の介護現場で生活相談員として働きつつ、「介護民俗学」の研究を進める六車由実さん。デイサービスの場でテレビがはたしている役割についてお書きくださいました。利用者さんの顔ぶれや時間帯にあわせてチャンネルを切り替え、和気あいあいとした時間を紡いでいく六車さんのDJぶり(TJぶり?)にもせられるエッセーです。

朝の送迎が終わり、事務室で事務仕事をしていると、隣のデイルームから、「へー!」「わー、すごーい!」「なるほどね」という歓声と共に、楽しそうな笑い声と拍手が聞こえてきた。どうやら、テレビをながら、利用者さんたちやスタッフたちが盛り上がっているようだ。私も我慢できなくなり、事務仕事を放り出して、「えっ何々?」とデイルームにんでいくと、みんなで「あさイチ」(NHK総合)を観ていた。

私が観た時には、ちょうど、ごみを圧縮する機能がついていたり、手を近づけると自動でごみ箱の蓋が開いたりする最新式のごみ箱が紹介されていて、その機能と値段に驚きの声を上げていたのだった。その後の充填じゅうてん豆腐のおいしい食べ方や簀巻すまきを使わない海苔のり巻きの作り方を紹介するコーナーも面白く、ふだんは体操をする時間がきても、「今度作ってみよう」などと言い合いながら、しばらくみんなで番組を観続けたのだった。

私が勤務するのは沼津市にある定員10名のデイサービス「すまいるほーむ」である。利用者さんたちが座るテーブルの一番前には大型サイズのテレビを置いてある。テレビをけている時間は結構長い。一日の流れからいえば、朝の送迎でみんなが集まってくるまでの約1時間、昼食が終わって午後の活動が始めるまでそれぞれがまったりと過ごしている約2時間、そして、午後3時のおやつの時間から帰りの身支度をするまでの約1時間などである。

女性が8割を占めるすまいるほーむでは、「あさイチ」や「ガッテン!」(NHK総合)などの生活や健康にかかわる情報番組が人気である。あーでもない、こーでもないと言いながらみんなでワイワイと観ているし、中には、熱心にメモを取っている利用者さんもいる。

また、昼食後に楽しむのは「人生、歌がある」(BS朝日)や「新・BS日本のうた」(NHK BSプレミアム)である。これらは毎週必ず録画しておく。演歌や昭和の歌謡曲が中心で、昔の歌謡番組の映像が流れたりすることも多いので、それぞれ懐かしそうに映像を観たり、一緒に歌を口ずさんだりしている。

政治問題に関心のある利用者さんがいる時には、国会中継を観ることもある。野党議員の質問に対する政権側の答弁に対して、「何言ってるんだ」「だから日本はだめになるんだよ」などと容赦ない非難の声が利用者さんたちから上がり、そこから政治談議が始まるのだ。

おやつタイムの3時以降は、民放のワイドショーやニュース番組を観ることもあるが、新型コロナウイルスのニュースとか凄惨せいさんな事件や芸能人のスキャンダルなどの話題では何となく雰囲気が暗くなりがちなので、録画しておいた「岩合光昭の世界ネコ歩き」(NHK BSプレミアム)や民放の動物番組を流すことも多い。帰る前のせわしない時間だが、テレビに映し出された可愛かわいらしい動物たちの姿にみんなの心も穏やかになり、明るく楽しい気分のまま帰路につくことができているような気がしている。

関係を紡いでいく触媒

デイサービスでテレビを観る時間が長いことについては、「自宅にいるのと変わらないのではないか」「職員の怠慢だ」「リハビリになっていない」などと批判があるかもしれない。確かに、スタッフが少ない介護現場では、利用者さんがテレビを観ていてくれることで助かっている側面もないわけではない。でも、私がそれ以上に介護現場でのテレビの役割として大切だと考えているのは、テレビは、利用者さんやスタッフ、利用者さん同士の関係を紡いでいく触媒になっている、ということである。

自宅では、一人暮らしの利用者さんも家族と同居している利用者さんもほとんどが一人でテレビを観ている。テレビを一日じゅう点けっぱなしで過ごしている方も多い。けれど、テレビが孤独を癒やしてくれるわけではないだろう。

すまいるほーむでは、テレビをデイルームにいる複数の利用者さんたちで観ている。スタッフもよくその中に入って観る。テレビを観ながら、一緒に歌を歌ったり、感想を言い合ったり、議論をしたり、思い出を語り合ったりする。ただ、「すごい!」「キャー!」「わー!」という歓声や悲鳴を上げたりするだけのことも多いが、そこには豊かな感情のやり取りがあって、その場を共有している一体感がある。

ここでの様子は、かつてテレビが家庭に一台しかなかったころのお茶の間の風景に似てはいないか。そのころ、テレビは、家族みんなが場を共にし、言葉を交わし、時には喧嘩けんかしながらも、互いに思いをめぐらすことができる役割を持っていた。現在、家庭では、特に高齢者が置かれた状況は、食事は「孤食」となり、テレビも「孤観」となっている。だからこそ、介護現場では、少なくとも、ここすまいるほーむでは、場を共にし、みんなをつなぐアイテムとして、これからも積極的にテレビと共にありたいと思っている。

★著者プロフィール

六車由実(むぐるま・ゆみ)
1970年静岡県生まれ。デイサービスすまいるほーむの管理者・生活相談員。社会福祉士、介護福祉士、介護支援専門員。大阪大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。専攻は民俗学。介護現場で、民俗学の手法である「聞き書き」や思考方法を取り入れた介護民俗学を実践しながら、人と人とのつながりを大切にした希望のある介護の在り方を模索している。著書に、『神、人を喰う―人身御供の民俗学』(サントリー学芸賞受賞)、『驚きの介護民俗学』(日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞)、『介護民俗学という希望―「すまいるほーむ」の物語』がある。

★六車由実さんの「最近、何みてた?」

・「そして『みんなのうた』は生まれた~60年を彩った名曲秘話」(NHK)
ゴールデンウイークの早朝、いつものようにNHKをつけて出勤の身支度をしていると、懐かしいメロディーと映像が耳と目に飛び込んできた。「北風小僧の寒太郎」「山口さんちのツトム君」など、一気に子供時代の思い出がよみがえる。まさに思い出は歌と共にある、と実感する番組だった。

・「リコカツ」(TBS)
何十年ぶりかにラブコメを観始めたのは、エンディングテーマとなっている米津玄師の新曲「Pale Blue」を聴きたかったからだが、永山瑛太の切れのいいコミカルな演技にすっかりと魅了されて見続けることになった。価値観の全く異なる男女が、毎回衝突を繰り返しながらも、対話によって互いを受け入れていくストーリーも心地いい。

・「透明なゆりかご」(NHK)
初回放送はもちろん、再放送の度に観てしまうドラマだ。生と死とが表裏一体である産婦人科医院を舞台にした物語は、丁寧に描かれた一話一話を観るごとに、心に鋭く突き刺さり、安易な感動や理解を許さない重く深い余韻に私はしばらく浸ることになる。

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